雑談

アメリカで家を高く売る(小手先の)戦略:前編

これは現在進行形のイベントで、個人的には未体験で面白い出来事の連続なので、是非みなさんともシェアしてみたい。

前にも書いたけど私が今住んでいるのは、ありきたりな中西部都市部の、古い産業用レンガビルを住居に改造したアパートの一室だ。
十数年前まではこの辺りのこの手のビルは廃墟ビルとして放置されてたらしいが、近年はアパート化して住むのが今風なのかどうか、似たようなビルが改築されたり、または似たような見た目をしたレンガ作りの新築アパートビルも建ち始めて、どうやらこのエリアは廃墟から人気エリアへと変革中なようだ。

縁があってそんなとこに相場よりもかなり安く賃貸できてるのには、ワケがある。
この部屋、銀行差し押さえの部屋なのだ。
そう、私の大家さんは、物件を差し押さえている銀行さんなのだ。
微々たりとでも集金できればOKだからか、日本人は部屋を汚さない良い入居者だというアメリカにおける評判のおかげかどうか、初年度も翌年契約更新時も家賃を値切るたびに応じてくれるという、なんとも有難い僥倖にあずかってきた。

さて今年1月、賃貸契約が切れる2ヶ月前に銀行さんから頂いた連絡では、「今回は契約更新はしない、売ることに決めた、どう、買わない?」という趣旨のものだった。

今まで家を買うなんて選択肢は選択肢ですらなかったので、ちょっと調べてみたところ、もしもうまく値切れれば買ってもイイかな、という結論に至った。
というのもリーマンショック後の買い控えで賃貸の人気が上がってきたためかどうか、この辺の特定エリアのみならずこの街全体の家賃がリーマンショック直後と比べてとてつもなく上昇してるのだ。
ショック直後2009年の1ベッドルーム平均家賃は1200ドルだったが、2014年現在は1500ドルにまで上がっている。
しかもこれは平均値であって、ましてや私が今住んでるような広くて交通の便もよい場所のまともな1ベッドルームなど、2009年なら1400ドルもあればよかったのに今となっては1800ドルくらい必要になっている。
そんな高額な家賃を払うくらいなら、毎月ローン返済額の方が安くつく、ということに気づいたわけだ。

同じエリアの同じような条件の1ベッドルームの今の売値は約22-25万ドル。
ただこのビルの中の1ベッドルームはちょっと安めで、20万ドル前後。結論から言うと、17万ドルまで値切ることが出来て買うつもりに向かってたのだけど、色々アパートにまつわる資料を見た結果、問題がいくつもあることが発覚し、ちょっと私には取りたくないリスクだったので残念ながらお断りした。

というわけでブローカー抜きで私に直接売りつけるという選択肢がなくなった銀行さん、いよいよブローカーを雇いリスティング(不動産を市場に販売するにあたり、不動産業者のネットワークに物件を写真・詳細などと併せて公表すること)の準備に入った。

なんといっても部屋の中にはまだ私が住んでいるため、どういう手順で誰が来るのか説明をしてくれる。

まずはブローカーが部屋を見学・値踏みに来るという。
そして観察結果と銀行さんの優先事項に応じて値段設定をする。利益を出したければ高くするだろうし、早く売ることが優先であれば安目にするとか、そういうことだろう。
さらにはプロのカメラマンが部屋の写真をとり、写真・詳細・値段ともども取り揃えてリスティングに公表する。
公表されると、興味のある買い手が、次々と部屋を見に来る。
そしていよいよ契約と相成るわけだ。

さて、一連のプロセスの手始めとして、ブローカーが部屋を見学にきた。
調度品がどれくらいまともかだの洗濯機が室内にあるかといった「アメニティ」の良さ、広さ、状態の良さ、などなど、を観察するようだ。

このブローカーの女性、仮にランディと呼ぶとしよう。というのも彼女、マット・デイモン主演映画「ボーン」シリーズに出てくるCIA局員パメラ・ランディを2倍ドヤ顔にして10倍成金趣味にした感じの女性で、しかもパメラ・ランディ並みにやり手なのだ。

これはある意味、いかにランディ女史のようなやり手アメリカ人不動産ブローカーが、やや難あり物件を高く早く売り飛ばすかの時系列記録、のようなものだ。

指定日時の時間ピッタリにドヤ顔でやって来たランディ女史、毛皮のコートも脱がずに部屋の中を観察しながら
「この洗濯機、90年代のものじゃない?このタイプ久しく見たことないわ」
「この洗面台、随分材質が時代遅れね。こんなの数百ドル払って新しいのに取り替えれば、不動産価格をもっと上げられるわね」
など、コメントを施してゆく。それを聞きながら、『ほほう、この女性、ずいぶん目が利いてるようだな、彼女ならこの物件いくらくらいと見積もるのだろう・・・私が払うはずだった17万ドルというのは、お買い得だったのかな、それともボラれてたのかな?』などと訝ってみる。

ひとしきり観察したあと、ランディ女史が私に質問した。
「なんであなた、この部屋買わないの?なにか理由があるわけ?」

一連のビルにまつわる資料を見た結果、古い建物なのに改築用貯蓄が全然少ないこと、そのため屋根の欠陥が常々問題だったのに何年も放置されていよいよヤバくなった去年お金がないから300万ドル借金して各部屋の持ち主に約1万ドルの修理費負担が発生してること、しかも数年以内に外壁水漏れ工事代が必要になるはずなのにそのお金がないことなどを筆頭とした(他にももっとある)財政面、管理面、構造面のさまざまな問題を説明した。
ランディ女史は、そんな私の陳情申し立てを顔色ひとつ変えず聞いている。

ただこれは、私のような不動産にまったく詳しくないド素人の見解なので、プロから見たらこんなのは問題どころか屁のツッパリにもならないようなことなのかもしれない。
なのでランディ女史に「そんな諸々の事情を鑑みて、もしもあなたが私のブローカーだったら、私にこの部屋を買うことを勧める?」と聞いてみたところ「勧めないわね」と言うので、ほっとした。あやうくオイシイ話を素人判断でみすみす逃した、というわけではなかったらしい。

ほっとしたとこで、いよいよ核心の質問をしてみた。
「で、ランディ、あなたならこの部屋、いくらくらいがふさわしいと思う?」

「そうねえ」ランディ女史は少し黙ってから「今は不動産そのものが少なくて、売り手市場なんだけど、この部屋の調度品は今の流行(モダンスタイル)とはちょっと遅れてるから、そのままで売るとなると、早く売りたかったら17万ドルとかかしらね」

つまりだ、銀行さん、あたかもここまで御前の値切りに応じてやったみたいな勿体ぶった態度でお得感を醸し出してたくせして、結局私から相場の値段を丸々巻き上げようとしてたってわけだ!!
一歩出たら外はジャングル、おいしい話などそうそう転がっちゃぁいないわけだ!

そんな私の心中のツッコミなど聞こえないランディ女史は「でもちょっと手直しするだけで少しは高く売れるかな。たとえばこの黒い冷蔵庫。今はステンレス製が流行りだから、一番安い500ドル程度のステンレスのに取り替えるだけで、もっと吊り上げられる。あと、玄関横の物置き場だけど、あそこは暗くて雰囲気が良くないから、照明を取り付けたらイメージがかなり良くなるはず。ま、どうするかはあくまでも銀行が決めることだけど」

ちなみにアメリカの不動産ブローカーがどういうコミッションをもらうかというと、売り値の3%が売り手側ブローカーに、そしてこれまた売値の3%が買い手側ブローカーに渡るというのが普通らしい。
なので、高く売れるほど、コミッションも増えるので、売る側買う側双方のブローカーとも高く売れるよう努力するわけだ。
言い換えられるなら、買い主が高くつく悪い買い物をしたとこでブローカーにとってはどーでもよいわけだ。

まさにそんな感じの「人を見たら泥棒と思え」的な出来事がここからまた続いて起こるのだが、長くなるので続きは次回に。

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