雑談

たかが洗剤、マーケティングでここまで大豹変!

今から5-6年前のこと。洗濯用液体洗剤を買うべく、ウォルマートの洗剤コーナーをざっと見てると、それまで見かけなかった新商品と思われる洗剤に遭遇した。

Tide(タイド)という、アメリカの液体洗剤では一番大手のブランドからで、このブランドの洗剤ボトルはオレンジ色なのが特徴なのだが、この新商品は淡い紫色のボトルだったので目を惹いたのだ。
その名もSimple Pleasures:Vanilla and Lavender(ささやかな喜び:バニラ&ラベンダーの香り)。商品名やパッケージの能書きから察するに、洗剤本来の洗浄効果もさることながら、洗い上がりの長時間継続する香り、しかもこれまでにない香水のような良い香りを売りにしてる様子。
たしかに匂いを嗅いでみると、洗剤とは思えないような良い香り。新し物好き日本人だし当然その日は購入したわけだ。使ってみると、よい香りがいつまでも室内や衣類に漂い、かなり気に入った。

使い終わった半年後ごろ、また同じものを買い求めに行ったところ、無くなっていた。どうやら販売打ち切りになったようだ。しょうがないので他のものを買って帰った。

さて、それから5年近く経た先日、またもや洗剤を求めて洗剤コーナーをうろうろしてたところ、これまたタイドの新商品と思われるボトルが目に入った。いつものオレンジ色のボトルなのだが、貼られたラベルが淡い紫色を強調したものなのだ。匂いを嗅いでみると、なんと5年前に廃品になったあの「ささやかな喜び:バニラ&ラベンダーの香り」とほぼ同じ香りがするではないか!もしや復活したのか?!と興奮してラベルをよく見てみると、その商品名はこうなっていた。

Tide plus A touch of Downy: Sweet Dreams(柔軟剤ダウニー*入りのタイド:快眠)
*ダウニーは、良い香りで知られてる柔軟剤ブランド名。

中身の液体も香りも5年前の「ささやかな喜び」と全く同じ感じなのに、「快眠」?!あまりの変わりっぷりに軽く混乱したので、その日は洗剤を買わずに帰宅し、どういうことなのか検索してみた。タイドやダウニーブランド発売元の消費財大手メーカーP&G社のプレスリリースによると、今回の「快眠」新発売の背景には、壮大な構想があったようだ。

いわく、現代人はコンピュータや電話に縛られ、ほぼ24時間覚醒した状態にあり、睡眠時間になっても脳が活性しており眠れやしない。ひいては、疲労、不眠症、ストレスなど現代人とは切っても切れない蔓延した問題につながってゆく。これに危機感をいだいたP&G社は、現代人に心地よい眠りについてもらうべく新商品を発表するに至った、と。

 

で、その結果誕生したのは、タイド洗剤「快眠」だけではなかった。なんとP&G社は、自社の主力ブランドから洗剤(タイド)、洗剤の香り増幅剤(アンストッパブル)、柔軟剤(ダウニー)、ドライヤーシート(バウンス)と、合計4ブランドから「快眠」商品を発売したのだ。つまり、寝具やパジャマを洗濯機に入れた瞬間から乾燥機の完了まで、とめどなくラベンダーとバニラの香りをまぶしつけ、これだけ良い香りに包まれればさすがに眠れるでしょ?眠れなきゃおかしいでしょ?ということらしい。

しかも発売のタイミングが半端ない。全国睡眠協会とかいう聞いたこともない団体が、今年3月の第1週目を「睡眠認知週間」などと提唱してキャンペーン真っ最中のその時期に、この「快眠コレクション」は新発売されたようだ。あげく新発売ニュースリリースのなかでは、著名医師なる人物がいかにもな感じで「快眠シリーズ商品を使いよい香りの寝具に包まれて眠ることを推奨します」などと擁護発言までしている。

お分かりだろうか。このバニラ&ラベンダーの香りの液体洗剤は、なぜか5年前には「よい香りの洗剤」という位置づけで登場し、そしてお蔵入りし、5年後の今また同じ液体物が引っ張りだされ(もちろんチョコチョコ配合は変わってるかも知れないだろうけど、基本ほとんど同じはず)、名前とパッケージと謳い文句を変えただけでまた売り出された。ただ今回の位置づけは「よい香りの洗剤」とかではなく、なんと「現代人を蝕む不眠という社会問題へのソリューション」などという高尚なテーマにまで昇華されたわけだ。

売る側からしてみれば、これはなかなか素晴らしいアイデアだ。普通なら洗濯洗剤なんて1種類買ってそれをすべての洗濯物につかうのが消費者の常だけど、こうやって「寝具やパジャマは快眠したければこっちのやつを買ってね」なんて言われたら、普段使いの洗剤と寝室衣料用の洗剤と2種類買わなきゃいけないような気になってしまう。つまり、これまで1個しか買ってなかった消費者に対して「快眠用」という用途提案をすることで2個買わせることができちゃうわけだ。これは「ささやかな喜び」ではできなかったはずだ。

そんなニュースリリースを読んでる最中、他にも眠りに関するニュース記事を見つけた。どうやら最近の研究によると、体温が高くなると寝つきが悪くなるので、裸で寝て体温を下げると深い眠りにつけると同時に痩せやすくもなるとか。

こっちの眠りの研究ニュースも併せ読んだ不眠症のひとには、「快眠」で洗ったパジャマと寝具に包まれて眠りにつくのと、裸で板の間で寝るのと、どっちのが心地よく眠れたか、ぜひ聞いてみたい。