統計学

今の視聴者動向が表わす、「視聴率の600」への批判・反論・妥当性

前回は、連載初回にもかかわらず本流の視聴率調査以外の調査をご紹介しましたが、今回は現在流通している視聴率調査についてのあることに迫ります。

視聴率に新たな選択肢は生まれるのか?(1)テレビ局は日夜視聴率競争にさらされていることは周知の事実で、中で働いていると常に実感しているものです。これは視聴率がテレビの広告価値を示...

毎日ビデオリサーチ(以下、VR)社の視聴率データに触れる仕事を7年ほどしてきて、いちばんよくしてきたやりとりはこれです。

「視聴率ってどうやって測ってるの?」
『(関西だと)9百数十万世帯の中から600世帯が選ばれて、その人達の視聴データを集めるんだよ』
「え……600世帯って少なくない?」

「600世帯って少なくない?」という疑問は、だいたいの場合において「9百数十万世帯を母数にした調査を600世帯で代表させるのは、調査として妥当なのか?」という言い換えが可能かと思います。
※600世帯で行われている調査は関東・関西・名古屋3地区のみ、他は200

これに対して、VR社のホームページでは視聴率調査についてかなり詳細な説明をしていて、上の答えはこのページにあります。要は「標本誤差」という考え方です。

これによれば、「95%の確率で、視聴率10%の番組を全9百数十万世帯に聞いたら7.6~12.4%の間に入る」ということになります。回りくどい言い方ですが、今の調査方法は一定の誤差範囲・変動可能性を持ちながらも全体を反映する力を持っていると言えます。

統計学的な説明だけにするならこれで終わってしまいますが、ここは少しテレビ的・マインド的に「600世帯でも問題ない」と言える根拠を示してみたいと思います。

1.これ以上標本誤差を減らすのが大変!

標本誤差をゼロにするには、全員からデータを取る「全数調査」」でなくてはなりません。1世帯でも欠けたらそれはサンプリング調査であり、誤差が発生します。これもVR社のホームページにありますが、現在の誤差を半分にするためには現在の4倍である2400世帯まで調査対象を増やす必要があります。すでにVR社はかなりサンプリングや調査機のメンテナンスにコストをかけていてそれが調査の質や継続性につながっていますが、さらに増加する費用はデータを購入しているクライアント、テレビ局や広告代理店、スポンサーなどの負担ともなります。現状でそれを歓迎するところはないでしょう。
また、日々0.1%の結果にしのぎを削っている番組制作側からすれば、誤差も10%のものが8.8〜11.2%に縮小したとしても、何かが変わった実感を得られないだろうという事情も見え隠れします。

現在この点で議論するのはあまり現実的でないですが、将来的にさまざまな調査コストが軽減された場合には検討されるものかもしれない、という部類のものです。

2.視聴率が「ビッグデータ」である

ここでいう「ビッグデータ」は、一般的なニュアンスとは少し異なるかもしれません。視聴者がインターネットやマスメディアで見かける「番組視聴率」には、その裏に「毎分視聴率(1分ごとの時間別結果)」「個人視聴率(属性別の結果)」など、「番組視聴率」の根拠となりうるデータをたくさん含んでいるということです。

まず「番組視聴率」は、「毎分視聴率」の平均であり積み重ねとも言えます。毎分視聴率を見れば裏環境を中心とした変動要素が明白で、そこから得た知見を次回に反映しやすいという点で、制作現場がまず拠り所としています。言い換えれば、毎分データが番組視聴率に対して一定の説明力を持っています。

そして、個人視聴率も同時に提供され最少1歳刻みでの結果、VR社指定の職業ごとの結果も出してくれています。こちらも番組の支持層を明確にする上では不可欠なデータであり、裏番組との棲み分けなど、毎分より少し長いスパンで付き合っていくものとされています。

「毎分視聴率」「個人視聴率」に代表されるように、ひとつの番組視聴率の裏でさまざまな切り口でその内実を知ることができ、実際に番組制作や営業活動に生かされています。また、関西では2001年から1分も欠けることなく滞り無く世帯・個人とも毎分視聴率が出ており、15年もの連続性を持った大きなデータという意味でも「ビッグデータ」と言っておきたいと思います。もちろん、1歳刻みで見たり職業を細分化するとそこでの対象サンプル数はさらに減り、調査としての誤差は拡大することになります。また、一度に多くの対象世帯が入れ替わるということはないとされていますが、一定の期間に「サンプルのクセ」のようなものがあり、それをつぶさに把握しようとしていることも申し添えておきます。

このように、現状をある程度肯定しながらも、今の対象世帯数では現在のテレビの見方を反映できていないと考えられる大きな課題もあると思います。

・視聴者の選択肢についていけていない

ここでの選択肢とは、テレビの電源を入れ、数字を入力して見ることができるチャンネルの数を指しています。テレビ放送が始まって60年、そのうち40年近くは地上波数局のみが選択肢でした。1989年にBS放送がスタートしたのを皮切りに、CS・ケーブルテレビによる有料放送も一定の普及を見せ、1990年代以降で見れば視聴者の選択肢は多い人で100近くまで増えました。つまり、今の調査フレームは「何を見たか」の「何」が最大100もあり、その中からのシングルアンサーの集積ということが言えます。

一般的なアンケート調査で600人に1問で100もの選択肢を示しひとつだけを選ばせたら、ひとつの選択肢のパーセンテージが小さくなり、分析価値が低いと感じられてしまうかもしれません。

しかしこの問題が取り沙汰されないのは、日本のテレビ視聴者が出している答えに秘密があります。それは「視聴率全体の大半を、地上波数局で分けあっている」ことにあります。日々の視聴率から見られ方の比率を表現すると、「地上波:それ以外の独立系局・BS・CS等」=「9:1」~「8:2」くらいで、地上波数局がそれ以外の数十チャンネルを大きく上回って見られています。このため、今の視聴率で地上波における分析は十分と言えますが、「その他合計」と分類されるこれらの局のさらに各局となると非常にパイが小さく分析が困難になっています。そのため、計測対象にありながらコストと見合わないという事情から購入せず、自主的に接触率を調査しているところもあるようです。

逆に言えば、今の日本の視聴者がそれだけほとんどの時間地上波の番組を見ていて、BS・CSなどは自分のすごく好きな番組だけを見るというスタイルになっていると言えます。とはいえここ10年で「その他合計」の数字自体ほぼ倍増しており、特にプライムタイム(19〜23時)は地上波+自分の好きなBS・CSの番組(+録画再生視聴)と多様化の波が押し寄せています。それでも「地上波:その他=9:1」であるというのが、携帯電話等だけにとどまらない「ガラパゴス」傾向ではないかと感じられます。

時代が進めばこの比率が変わるのか、それは各テレビ局、とりわけBS・CSなどの資本力の変化によるでしょう。BS民放局が1日中自社制作番組を作る力をつけていくのか、そもそもそれを目指すのでしょうか。もちろん、民放局もそれぞれの時代をとらえ、まずチャンネルを合わせてもらうという努力は怠らないでしょう。

今の調査のあり方を肯定しているのは、実はこの20年間で視聴者のふるまいが大きく変わっていないということもでもあります。もっと選択肢を広げた視聴傾向というものが大きな流れになった時、「本格的に600世帯でいいのか?」「今の調査フレームでいいのか?」ということになっているかもしれません。調査を動かす鍵は視聴者が握っています。

次回はまだまだテレビの見られ方の主流となっている民放局が高視聴率を取る、あるいは取り続ける今の秘訣についてひとつの考えを示したいと思います。

毎分視聴率について参考

個人視聴率について参考