雑談

エスノグラフィー事例紹介:ステートファーム社の「Next Door」というコミュニティ

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※この記事は、米国デザインコンサルティング会社IDEOから掲載許諾を得て、IDEOの事例からエスノグラフィのビジネス活用法を紹介する記事です。

 
今回のコラムでは、成熟市場におけるエスノグラフィのビジネス活用についてご紹介します。
 
ステートファームというアメリカの大手損害保険会社では、2000年代に入ってから以下のような課題に直面していました。

  • 自動車所有者の減少
  • カーシェアリングなどのサービスの登場の影響
  • より安全な自動車の開発
  • 政策変更への対応

「若者の○○離れ」という言葉がよく聞かれますが、アメリカにおいても若者の保険離れ現象が起こっており、その背景が上記のビジネス環境の変化と言えます。

このような状況から脱却するため、新たな市場開拓と若年層(1981年〜2000年生まれ)との関係構築を模索しようとIDEOと2011年にシカゴに作ったのが“Next Door”というリアルコミュニティです。
https://www.nextdoorchi.com/

このコミュニティはおもに3つの機能を持っています。

  1. Coaching : 若年層に対するライフプランニング関連の無料アドバイスの実施
  2. Classes&Events : ライフプランニング関連を中心とした無料講座、イベント開催スペースの提供
  3. Community : コワーキングスペースの提供(カフェ、フリーWi-Fi、ライブラリーなど併設)

オープンからほどなくして、コミュニティ登録メンバーは8000人を超え、1200回の無料アドバイスの実施、600もの無料講座やイベントが開催されました。

またコワーキングスペースのカフェは、レストランやローカルなお店のレビューサイトとして著名なYelpで4つ星がつくなど人気スポットとなっています。

2013年5月には、ステートファームの重役や地元シカゴの起業家たちを審査員としたビジネスプランコンテストも開催されるなど、若者のネットワーキングの場として確立しつつある状況です。

ステートファーム自体はFortune500にランクインするほどの大手保険会社です。

その会社が、なぜ、どのような思いでこのリアルスペースを作ったのでしょうか。彼らにとって未来の顧客層となりうる若年層に対して行ったインタビューと観察から紐解いてみます。

Next Door開設に先立って2008年に行われた18-35歳までの若者に対するインタビューでは、多くの若者が伝統的な保険会社に対して良い印象を持っていないことがわかりました。

「威圧的」「感じが悪い」という会社自体に対する印象は、保険商品が複雑で、コストが高く、若者たちのライフスタイルにとっては優先度が低いと思われてしまうことにつながっていました。

この印象を変えるため、IDEOとステートファームのプロジェクトチームは、「ライフプランニングについて心理的な抵抗感なく気軽に話せる場」をコンセプトとし、実際にカフェをイメージした建物を建設して望ましい雰囲気やデザインを試行錯誤していきます。

たとえば、社員自らが若者役やアドバイザーの役になり、ロールプレイングを行う中から空間デザインの改善点を洗い出すアプローチなどです。

他にも、保険代理店のスタッフやライフプランニングのアドバイザーに対し、若年層とどのようなコミュニケーションをとったら良いかディスカッションも行っています。

そうしたプロセスを経て、レンガ造りの建物の中に、地元産の原料を使ったコーヒーを提供するカフェやワーキングスペースを作り、若者が「居心地が良い」と思えるようなモダンなインテリアで内装を整えました。

この建物では、若者達はただカフェでくつろいだり、同じ目的を持つ仲間とミーティングをしたり、仲間同士でヨガを教えあうなど自由に過ごすことができます。

あくまでコアサービスは無料のライフプランニングのアドバイスですが、今まで「お金の使い方」を考えることに縁がなく、将来設計に迷う若年層にとっては、「(大人たちの価値観を)押し付けられている」と少しでも感じてしまうと逃げてしまいます。

そうではなく、家にいるような感覚で、「若者と保険会社が共存する」関係を築こうとしている場となっています。

写真1:State Farm Next Door外観写真1:State Farm Next Door外観
写真2:Next Door内装写真2:Next Door内装

例えば、ライフプランニングのアドバイスは、主に9つのGoalを設定し、それに対し自分がどう取り組むべきかというアドバイスを専門家から受けられます。

以下の画像を見ると言葉の使い方が難しくなく、身近に感じられるトピックスを取り上げていることがわかります。またアドバイスはiPadの専用コンテンツで行われます。

写真3:ライフプランニングのアドバイス分野(例)写真3:ライフプランニングのアドバイス分野(例)

カフェでは、ピアスやタトゥーの入った若いスタッフがコーヒーを入れていたり、BGMとして Beatles や Bob Dylan などロックがかかっていたり、全体的にカジュアルな雰囲気を作っています。

もちろん、損害保険会社としては最終的に、家族のための生命・傷害保険や、自動車保険、火災保険など、自社のコアビジネスの顧客になってくれることがビジネス上のゴールです。

通常の発想では、まずは若年層向けの特典をつけた保険商品を開発し、広告を打ったり保険代理店が勧誘したりしそうなところですが、ステートファームはそういった直接的なアプローチを取っていません。

ステートファームにとっては、Next Doorの運営は直近のビジネスの結果にすぐ結びつくわけではありません。しかし長期的にみて以下のようなメリットがあると考えられます。

  • どういう人がステートファームの顧客になってくれそうか
  • どういう人がどのようなライフプランを考えるのかという傾向から、若者向けのライフステージ別保険商品をどのように打ち出したら良いか
  • 自社ビジネスと親和性が高くポテンシャルのある起業家との交流

今までリーチできなかった若年層がどのような価値観で生きているのかを観察し、ライフプランニングの大切さを伝え、「若者の人生にずっと寄り添うステートファーム」を作るラボ的な存在としてNext Doorの運営が位置づけられているのかもしれません。

コミュニティの開設前に行った若者に対するインタビューと観察だけではなく、運営を通じた更なる若者観察を実現する場だと言えそうです。

※詳細はIDEOのWebサイトに掲載されている事例ページや、Next DoorのWebサイト、Facebookページで見ることができます。

参考文献:IDEO Work NEXT DOOR FOR STATE FARM INSURANCE
A “financial learning space” for the next generation of customers
http://www.ideo.com/work/next-door/

Next Door official site
https://www.nextdoorchi.com/

Next Door Chicago Facebook page
https://www.facebook.com/nextdoorchicago