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藤原和博著「10年後、君に仕事はあるのか?」と私の考え方の比較

上記書籍を読んだ際に得た知見と、これまでの私の考え方について以下に述べていこうと思います。

本の概要

この本では、著者が校長として勤めている奈良市立一条高等学校にて生徒やその保護者、及び教員に対して話してきた、10年後(2017年に出版されているため今からは5~6年後)の世界の姿と、それへの対処についてまとめられています。したがって、日々の勉強や受験、就職活動などへの姿勢についてのメッセージも含まれますが、それらももうすぐ社会人2年目となる立場からの解釈をしていきます。

全体を通しての主張は、インターネットやAIによる変革によって、これからの未来を生きる若者はその親たちが体験した人生モデルとは全く異なる人生を歩むことを余儀なくされるというものでした。現代の若者世代が生きることになる人生を90年と仮定し、労働寿命の増加も相まって、定年直前にピークを持つような1つの山から複数の山を持つ生き方にシフトする必要があるということです。

また、そういった現代・未来を生き抜くための3つの術として「基礎的人間力」「情報処理力」「情報編集力」を挙げ、特に情報編集力が重要となること、現代の教育は情報処理力の一辺倒となっていることを述べ、社会を生きる上でいかに情報編集力を身に着けるか、どのように活用するかに触れられていました。

私のこれまでの考えとの比較

この本に書かれていた主張は、概ね自分がこれまで考えてきたことと一致し、納得できる箇所の多いものでした。特に社会人としての働き方の変革は重要視してきたことであり、今いる会社内に限定されない、どこでも通用するスキルを常に学び続ける必要があると考えてきました。他の業種についてはあまり詳しくないのでわかりませんが、特にコンピュータサイエンスにかかわるエンジニアやスペシャリストたちの環境では、既にそのような変革は適用できる状況にあるのだと思います。また、仕事の中でも特に事務的な処理を情報処理力、自ら考えクリエイティビティを必要とするものを情報編集力に分類し、俗にいう「AIが奪う仕事」は(今のところは)前者に当たるのだという主張は腑に落ちるもので、今まで自分で考えてきた思考の整理をつけるのに有益なものでした。

私の考えと一部異なっていた点は、「情報編集力」を身に着けていくための方向性でした。これまでの学校で行われてきた教育の姿勢というのは問題に対する正解を導く情報処理力に偏りすぎているため、もっと情報編集力を身に着けさせるために、明確な答えのない問いについて議論していく機会が教育の現場でも必要である、というのが本書の主張でした。具体的には、処理力:編集力=9:1である現在の状態を将来的に7:3程度までにすべきとのことです。たしかに情報編集力と呼ばれるスキルが重要であり、必要となることは理解できますが、私は教育の過程でこれ以上情報処理力の側を減らすべきではないと考えています。

本書での主張は、ここ数十年ほど言われている「詰め込み教育への否定」と似ているように感じます。ゆとり教育でも「知識を詰め込むよりも個性や独創的な考え方を生み出させる」という意図がありましたが、現在は「脱ゆとり」などと言われるように、結果として否定されるものとなっています。私は、そのような独創性や閃きといったものは十分な知識の習得によって初めて得られるものだと考えています。すなわち、「情報処理力」「情報編集力」は2者が横並びにあるのではなく、処理力という基盤の上に編集できる力が立つということです。特に現代の傾向として、プログラミング教育や英語教育の早期化があり、児童・生徒が学ばなければならない知識は以前と比べて圧倒的に増えているため、順当に考えれば、身につけなければならない情報処理力も増えていくことでしょう。また、本書でも少しだけ触れられていましたが、詰込み型の教育を受けて来た側の人間が教師である以上、答えのない問いについて教え、評価することは可能であるのか、といった疑問もあります。

まとめ

この本で主張されていたことは、自分の目指している理想像に近く、これまで考えてきた思考をわかりやすく整理することに役立ったと思います。一部これからの教育の方針としては疑問を呈する点もありましたが、大きな一意見として心の中に留めていこうと思います。

kai
アナリティクス&デベロップメント所属。 「音楽やってます」と言って周りの気を引いた後「クラシック音楽です」と続けて微妙な反応をされるのに慣れている。