統計学

続・お金を「平均」で語るんじゃあないッ! 〜港区民の平均年収のからくり〜

以前「お金に関しては上限が青天井だから平均で見る時は注意が必要だよ?」という話題を、平均年収1,200万円の町を例に出して取り上げました。

お金を「平均」で語るんじゃあないッ! 〜平均年収1,200万円の町〜どうも、タイトルからお察し(?)の通り最近ジョジョにハマっている岡部です。アマプラでストーンオーシャン見れるようになったのでつい見れると...

その時、本題と関係なさそうに見えた東京都の区に関してはスルーしていたんですが、よくよく見てみるとおかしな点がいくつか見えてきたので、本記事ではその話題を取り上げてみようと思います。

港区民の平均年収に潜む異変

怪しいと思ったのは、港区の平均年収。

確かにお金持ちばっか住んでるイメージあるので、平均年収1,471万円って言われたら、まー普通にそんな人ばっか住んでるんだろうなーと思うかもしれません。

前に家賃の分析した時も六本木とか青山とか麻布とかあって家賃なんかやっぱ高かったですしね。

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ですが、よく見ると港区は2021年から2022年にかけて平均年収300万円も上がってるんです。ずっと1位だしイメージ的にも「あー港区だからねハイハイ」みたいな感じで片付けられかねませんが、300万円とかその他市区町村の半数はこれ以下だったりするわけで(※「補足」の章を参考)、ハッキリ言ってこの上がり方は異常です。

なぜ1,471万円にもなったのか?その答えは「株式」にあります。ちょっと細分化して可視化してみましょう。

データソースをもう一度詳しく確認してみる

データソースである「市町村税課税状況等の調」を確認してみると、実は所得に関して給与所得含む総所得だけではなく、株式譲渡や株式配当、土地の売却なんかの所得もデータとしてあったりします。以前の記事で紹介していた数字はこのうち「課税対象所得(ア〜キの計)」でした。

令和四年度、市町村税課税状況等の調における第11表市町村別データ。https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/ichiran09_22.html

 

正確性は多少犠牲にしつつイメージの湧きやすさ重視で、各項目の自分なりの理解を表にまとめてみます。

総所得金額等(ア) 会社からの給料を表す収入。自営業の場合は利益。多くの人(会社員)にとっては「給料=収入」なので、その場合の年収のイメージはこちらに近いと思われる。
分離長期譲渡所得金額に係る
所得金額(イ)
土地や建物を売ったときの所得。マンション売却時や土地売却時に得られる収入なので、そもそも資産を保有してなければ発生しない収入と言える。譲渡時の所有期間が5年を超えるもの。
分離短期譲渡所得金額に係る
所得金額(ウ)
上と同じだが、譲渡時の所有期間が5年以下のもの。
一般株式等に係る
譲渡所得金額(エ)
非上場の株式の売却収入。主にスタートアップの起業家が非上場のまま株式の一部を売却したり、機関投資家が非上場企業の株式を別の投資家に売却することで得られる収入と思われる。
上場株式等に係る
譲渡所得金額(オ)
ETFやREIT含む上場株式の売却収入。上場株式なので、一般株式に比べると門戸は広いと考えられ、比較的多様なプレーヤーがいると思われる。
上場株式等に係る
配当所得金額(カ)
保有上場株式からの配当収入。典型的には高々保有株式金額の数%であるため、上の譲渡金額に比べると金額としては一般には低いことが想定される。
先物取引に係る雑所得金額(キ) 金融商品含む商品の先物取引に際して得られた収入。

めちゃくちゃざっくり言えば、次のような感じじゃないかと思います。

  • (ア)お給料
  • (イ)・(ウ)マンション・家・土地など不動産の売却
  • (エ)〜(キ)株など金融資産の保有・売却

この「ア〜キ」を深掘りして見てみることで、平均年収300万円上昇の謎に迫れる可能性がありそうです。

実際、「総所得金額等」だけで見ると2022年の平均年収の1位と2位は入れ替わって、港区は周防大島に抜かれ2位になります。ここから、「港区民は給料以外の収入源を持ってそうだ」という仮説が立ちます。

「総所得金額等」に絞った時の2022年の平均年収TOP10の市区町村

 

時系列で所得の内訳を確認してみる

2018年から2022年の港区の平均年収及び、納税者数の推移と先ほど確認した項目区分に基づく所得の内訳を確認してみます。まずは外観を掴むために先ほど大雑把に説明した一家のようなグルーピングでプロットしてみました。

  • (ア)総所得
  • (イ)・(ウ)分離譲渡所得
  • (エ)〜(カ)株式所得
  • (キ)雑所得
港区の平均年収の時系列推移を内訳ごとにプロットしたもの。()内の数字は区全体の総額(単位はB=10億円)。

平均年収約300万円の増加分は、100万円の総所得の増加、180万円の株式所得の増加、20万円の分離譲渡所得の増加で説明できることがわかります。

中でも目を引くのはなんといっても株式による所得が大幅に増えていることでしょう。実に総額5,380億円もの金額が株式による所得で、2021年は約2,730億だったのでほぼ倍増していることがわかります。

全港区民が年間368万円もの株式所得を得ているとは考えにくいですし、もしそうだとしても急に総額が倍増するのも変ですので、これは明らかにごく一部の起業家か投資家の方が数十億、数百億クラスの所得を得ていることを表していると想像できます。というか誰か1人が1,000億規模の売却をした可能性もありそう。

やっぱり平均を鵜呑みにするのは危険ということですね。

蛇足ですが、以後この手の話題に遭遇した時は「それって課税対象所得で見てます?総所得金額等だけでみるとどうなりますか?」と質問できるとcoolかもしれません。

ちなみに、23区で比較してみると平均年収が高い区ほど株式による所得が多いことがわかります。

2022年の東京23区の平均年収と所得の内訳。データソースは上の表と同じ。左の灰色の棒グラフが平均年収を表し、右側の棒グラフがその内訳を表す。内訳の色は直前の図と同じ。

 

資本主義、その実態を垣間見た気がする、、、

 

(補足)市区町村の平均年収の分布

以前の記事ではランキング上位の市区町村だけみてたわけなんですが、全体として平均年収の分布はどうなっているのでしょうか?

調査の対象である1,741の市区町村に関して2022の平均年収の分布を確認してみます。

1,741の市区町村に対して平均年収の分布をプロットしたもの。使用データは上の表と同様。2022年の「道府県民税」のみに絞ってプロット。青の破線は、納税義務者全体の平均(【課税対象所得の和】/【所得割の納税義務者数の和】で計算)であり、この分布の平均(市区町村ごとの平均年収の平均)ではないことに注意。

300万円弱くらいにピークがあり、先ほど見ていた上位の市区町村がどれだけ外れているか一目瞭然です。(特に600万越えのトップ10は外れすぎ、、、見えない?心の目で見てください)

ここで、【課税対象所得の和】/【所得割の納税義務者数の和】で納税者全体の平均を計算すると361万円(※1)になります。青線の破線でプロットされてるのがそれです。上側に裾野が伸びる分布なので、平均が引っ張られている様がわかるかと思います(※2)。

(※1)令和3年分 民間給与実態統計調査によると平均給与は443万円なので、これくらいの差が「所得」と「課税所得」を見たときには生じます。
「収入」でみるとここからさらに増えるのですが、「手取り」に最も近いものが「課税所得」であることを勘案すると世の中の「平均年収」のイメージはむしろ「課税所得」に近いのかもなとすら思ってます。(参考:「年収と課税所得の違いについて解説!あなたの「本当の手取り収入」は?
(※2)「分布は市区町村ごとに書いてるのに、平均値は納税者全体で計算してるから比較対象違くね?ミスリーディングじゃん?」という方、おっしゃる通りです。おっしゃる通りなんですが、納税者一人一人の分布は当然わからないし、人口を無視して市区町村で平均を取った値を書くのもなあ、、、と思った結果このような中途半端な比較をしています。お許しください。。。

 

Taizo Okabe
脳筋系データサイエンティスト。筋肉は裏切らない。筋肉。