雑談

カレー、おでん – 本当の“時短”とは何なのか? – エスノグラフィー事例

接続点とは、ある生活シーンから別のシーンへと切り替わるポイントと捉えてもらえばよい。生活動線の接続点における気持ちの転換を聞き取っていくのが、デプスインタビューの役割である。

夕方になって「さて夕ごはんの用意をしよう、何にしようかな」というシーンは、主婦にとっては毎日やってくる生活の接続点だ。外出先からの帰り、あるいは家で別の家事を一段落させた時である。少し時間と気分のゆとりがあった時と、早くしなきゃと焦りがある時と、気持ちの転換の仕方によって、夕ごはんのメニューの選び方は当然変わる。

カレーはどんな時に作るのかをインタビューすると、次のようなことがわかってくる。カレーは、家族が一致して好きなメニューの代表だから、何気なく夕ごはんに登場するのだが、少し時間と気分のゆとりがあった時に選ばれる傾向がある。あるいは、今夜は帰りが遅くなる予定がある場合に、朝から準備をして煮込んで作っておいたりするものなのだ。PTAや会合などで帰りが遅くなる際の、お母さんにとっての“お助けメニュー”の代表といっていい。

だから生活の接続点で、早くしなきゃと焦りの気持ちがある時には、そもそもカレーは選ばれないものなのだ。料理や調理一般のインタビューでは、できれば手早く、手間をかけないでやりたいという答が異口同音に出てくる。だからといって、カレーも手間をかけずに作りたいとは思っていない。カレーをメニューとして選ぶという心理は全く別のものなのである。

このことを短絡させて、手短に時間をかけずにカレーが作れればいいのではないかということで、フライパンで作れるカレー、つまり“時短カレー”が開発、販売されてきたが、結局一度もうまくはいっていない。時間がない時にはカレーはそもそも作ろうとはしないのだということは、生活シーンの接続点における気分の転換の仕方に深く耳を傾けておけばわかることなのだ。

今の例でも示したように、デプスインタビューの最大の目的は、生活日記調査から発見された「人と商品の関係」を深掘りし、その理由を把握することである。言い換えれば、なぜその生活シーンでその行動をとったのか、その商品を使ったのか、を知るということだ。更に重要なポイントは、なぜ別の行動をとらなかったのか、別の商品を使わなかったのか、となる。とられなかった行動の理由こそ、定量調査や通常のインタビューでは最もつかまえることが難しい事柄である。

カレーととても似た特徴を持ったメニューの一つにおでんがある。カレーと異なり、十月下旬以降の冬場に登場するという傾向はあるが、やはり主婦がお出かけしなければいけない時の作り置き“お助けメニュー”の代表選手だ。大鍋でいろいろな具材を大量に煮込んでおく訳だが、当日の朝から作っておくのは当たり前で、前夜から下ごしらえする場合もある。そして、食べる直前に温めればさらにおいしいと考えられている。

その意味でいえばカレーと同様に、時間のゆとりのない時にいきなりおでんは作らないのである。二〇分でさっとできる“時短おでん”などというものは、生活の接続詞の中には存在しないものなのだ。その日何故おでんが作られなかったのかは、時間のゆとりと“お助けメニュー”というおでんのポジションによって説明できるのである。

いろいろな種類の具材を大量に、じっくり煮込んで作ったおでんがおいしいのだという、習慣の蓄積ができあがっているからこそ、少人数のシーンへの展開と応用が利きにくくなるという弱点ももちろんある。カレーにもおでんにもレトルトの加工品がある。5分でできあがり、それこそ時間がない時や、少人数、1人のシーンにこそフィットしたものだ。この商品が選択されるのは、生活シーンの接続詞とその気分がまったく異なっているからである。