雑談

エスノグラフィーとは何か?

<1>エスノグラフィーとはなにか

「エスノグラフィー」とは、デザイン思考と呼ばれるイノベーションを起こす方法や考え方の文脈で行われるユーザー観察の手法の一つです。

エスノグラフィーは英語で表記するとEthnography。Ethno(民族)+Graphy(記述)で日本語では「民族誌」と呼ばれます。

エスノグラフィーは元々、文化人類学や社会人類学の中で、あるコミュニティにフィールドワークとして入り込み、その中での行動様式を記述し、価値観を見出していく手法として使われていました。

それを社会デザインやビジネス、マーケティングなどの課題解決に応用し、目に見える形の事例が紹介されたことから、近年、メソッドだけではなく関連企業の事例などが注目されています。

身近な事例を挙げると、コピー機の「緑色のスタートボタン」はエスノグラフィーのアプローチから生まれたものです。

プロダクト開発にいち早くエスノグラフィーのアプローチを取り入れたPARC(ゼロックス子会社のPalo Alto Research Center)では、自社のコピー機を使う社員の様子をビデオで撮影し、「コピーすること」自体に苦戦する様子から問題点を発見しました。

他のプロダクト開発の身近な事例としては、「最もイノベーティブな企業」に選ばれた米国デザイン・コンサルティング会社IDEOのAppleの初代マウスが有名です。

Appleの初代マウスAppleの初代マウス

どちらも今は当たり前の存在となりすぎており、斬新さに欠ける印象を持たれるかもしれません。

しかし、それまでのオフィス環境やパソコン開発の現場に比べると、ユーザーの視点に立って試行錯誤が繰り返された結果なのです。

エスノグラフィーでは、解決するべき問題を後述するような深いユーザー観察から見出します。

その際、「そんなことが問題だったのか!」「自分の想定と違う行動は、その価値観から引き起こされていたのか!」という気づきや驚きが沢山あります。

既存のフレームワークや先入観では見つけられなかったユーザーの意識や課題を発見し、それを解決することで、より「使う側」の視点に立ったモノづくりと心地よい体験の創出につなげられる手法と考えられます。

<2>デザイン思考におけるエスノグラフィーの位置づけ

IDEO社に関する書籍「The Art of Innovation」によると、デザイン思考によるイノベーションは以下の5つのステップに分けられます。(いくつかのデザイン思考関連の文献でもステップ論が語られており、微妙な差異はありますが流れはほぼ同様です)

(1)理解
イノベーションを起こそうとする市場やステークホルダー、技術に関する現状を把握する。

(2)観察
コミュニティやユーザーの観察。
選定はプロジェクトの性質によるが、ターゲットとしたいユーザーや先進ユーザーなどの普段の生活の「現場」、働いている「現場」に入り込み、どのような価値観に基づく行動様式があるか、問題点はどこかを徹底的に観察する。

(3)視覚化
(2)に基づいて得られたインサイト(解決の糸口)からアイディアやコンセプトを設定し、プロトタイプを作る。
実際のモノを作ることもあれば、その製品やサービスのある生活をストーリーで映像化するなど様々な形式がある。

(4)評価とブラッシュアップ
(3)で制作されたプロトタイプを様々なタイプの人に実際に触れてもらい、その様子を観察することで改良につなげる。

(5)実現
実際の製品化、サービス化の工程。

エスノグラフィーは2の「観察」でよく用いられる手法です。

デザイン思考自体が「人間中心のイノベーション」を目指すものであるため、従来型のマーケティングリサーチにおける定量調査(アンケート等)や定性調査(グループ・インタビュー、個別インタビュー等)とは違い、フィールドワークを通じて徹底的に掘り下げた探求を行います。

たとえば、対象者の自宅に訪問し数時間のロングインタビューを行う方式では、普段の生活の様子を観察し、行動の背景に関する質問を投げかけることで、本人も気づいていなかった生活の価値観、無意識の行動と課題点を浮き彫りにします。

<3>ビジネスにおけるエスノグラフィー

エスノグラフィーが注目を集めた背景として、日本企業や研究現場におけるビジネスの場での活用が話題になったことも挙げられます。

代表例としては、大阪ガスや花王などです。

また広告代理店の博報堂と東京大学が共同で行っているエスノグラフィーに関するワークショップなどの動きがあります。

他にも、既存のリサーチ会社でエスノグラフィーをサービスメニューに入れている会社や、デザイナーを中心としたエスノグラフィー専門家企業、デザイン思考を推進する団体などが登場しています。

ビジネスの場におけるエスノグラフィーの用途は、

  • 顕在化していなかったニーズを発見し、新しい商品やサービス開発に役立てる
  • 既存商品の問題点、ユーザーにとっての価値を見直し、プロセス改善に役立てる
  • ユーザーの生活や価値観から、新たな未来像を設定する

といった文脈での活用が想定されています。
事例や既存で提供されているエスノグラフィー関連サービスもこの3つのいずれかに当てはまることが多いです。
日本の事例はあまり公開されていないものの、今後少しでもエスノグラフィーのイメージが掴める事例などの紹介ができればと思います。

PARC(ゼロックス子会社のPalo Alto Research Center)PARC(ゼロックス子会社のPalo Alto Research Center)