雑談

クエ、クエ、お婆さん。

 

kuekue

小さい頃、母方のお婆ちゃん家に、お盆休みに遊びに行くと、
テレビの横の柱に大学ノートが紐で吊るしてあって
ぼんやりと、その大学ノートにはなにが記されているのだろうと思ってはいた。

だけど、久しぶりに集まった従弟との遊びに夢中になって
少年時代、その大学ノートを開けることはなかった。

社会人になり、お婆ちゃん家に、寄ったとき
ふと、その大学ノートが目に止まったのである。

大学ノートは、色あせており、
数十年たっても、その1冊だけである。

1ページ目を開くと

孫の名前と誕生日、あとはそれぞれ息子娘の住所がメモしてあり、

なんだ、住所録かと思ったのだが、

2ページ目からは、

日本の47都道府県がしかも、細マジックの手書きで書き連ねてあったり、
普通に、町内会の予定なんかが書いてあるので、

メモ書き兼、備忘録かと思った頃、

「マイクァル ジェクソン・・・アメリカの踊りのひと」

というコトバが飛び込んできて、

そのうち、

「オールナイツ、にほ、日本、ニッポン」

など、謎めいたワードが複数、書き記されていた。

70歳を過ぎたばあちゃんが、オールナイトニッポンを知る由もなく。
まして、マイケルジャクソンに憧れるわけもなく

僕は、真意がつかめずにいた。

母親に、そのことを話すと、
「孫と話合わせるために、芸能人の話とかメモしてるんだべ、あのばあちゃんやりそうなことだべ?」
と笑った。

たしかに。

ばあちゃんは、
痩せたい一心で、どっかから仕入れた「タバコを吸うと痩せる」
というガセネタを真に受けて、おじいちゃんに隠れて
トイレで吸えないタバコを吸って酸欠になったというエピソードを持つ。

O型の3姉妹の真ん中。自由っていったい何だい?
自由ってこうすりゃいいかい?
の人である。

普通に言いますと、自由で、ちょっと天然な人。

そんな、ばあちゃんは、僕ら孫たちの間では、「クエ、クエばあちゃん」
というあだ名で呼ばれていた。

とにかく、四六時中、おやつやジュースを出してくる。
昼ごはん食べた直後に、「足りなくねえが、おかしクエ」「ジュースのみなさい」
つって。

あれクエ、これクエ、クエックエッ。

そして、いつ孫がきてもいいように、いや孫だけでなく、近所のおばあ連中も
よく遊びに来るので、ビンのオレンジジュースとサイダーを1ボックスずつ。
お菓子や果物を常時、装備していた。

あれクエ、これクエ、クエックエッ。

以前、突然、婆ちゃん家に立ち寄ったときがあった。

その時、丁度、近所のおばあ連中が大勢遊びに来た後だったらしく
備蓄していたお菓子やジュース類が、たまたま切れていた。

クエクエ婆ちゃんは、そのことを気にして、
家じゅうお菓子の探索を始めだしたので、

僕は、「すぐ帰るし、さっきご飯食べてきたばっかだから、まず、こっち来て
座ったらいいべ」と諭すが、聞き入れず

最終的に、うどんを茹でる。
という暴挙に出たのである。

「うどんしかねえけど、うどん食べてください。あとカルピスなら今つくればあるよ」

クエクエつって。

だけど、ちょっと食べたら、その、うどんがうまくて。
結局食べてしまったのだが。

ま、そんなクエクエ婆ちゃん。
もてなしたくて、もてなしたくて、しょうがないのである。
あるいは、戦時中をくぐってきた年代だからか、「腹が減っているか否か」を異常に問う。
たとえ食べても「足りていないのではないか?」を問う。

よく考えると、田舎の婆ちゃんたちは、だいたいそんな人が多い。

親戚や近所のお婆ちゃん連中も、クエクエ感が漂う。
何か集まりがあると、子供である僕らに
ティッシュに千円札を包んでゲリラ的に渡してくることもある。

それを、親たちが、まるで特攻警察のように止めに入る。

「なんも、いらねって。」

「いいがら、いいがら」

「いらね、いらね、もージェ二っこ(ジェニ=銭=お金)しまえ」

「なんも、オメさ渡すんじゃなくて、この子さ渡すんだべ」

「アーイー、困るって」

「ボクちゃん、これでアイス買え」

その応酬の中で、僕ら子供はどうしていいかわからずにクネクネする。
というシーンは、田舎によくある。

最終的に、ティッシュのお札を、ポケットにねじ込んでくる。

お金じゃなくても、そのお菓子どこで売ってるんでい?

という黒板のチョークみたいなお菓子や、羊羹とゼリーの合いの子みたいなのや、
チョコレートの山盛りを子供のポケットにねじ込んでくる。

妖怪「ねじ込み」として妖怪ウオッチに採用してもらいたい。

少し話は、もっとそれる。

秋田は酒文化であり、
どの家庭にも、だいたいお客さん用の一升瓶が装備されている。

男の来客があると、湯飲みにお茶じゃなく日本酒を注ぐのである。

「まんず、まんず」つって。

「おう、へば、ごっそうになる(ご馳走になる)」

つって。

でも、中には、アル中の招かざる客もいて

その酒目当てで、夕方になると近所を練り歩くというジジイもいて、

近所の人に、「蛾」が来たぞ!つって警戒されている者もいたが。

まあまあ、そうやって、みんな全力で来客を
もてなそうとするのである。

なんもないけど、なんかしたい文化。

話は戻る。

そんなクエクエ婆ちゃんが亡くなって十年ぐらい経つ。
ユニークで、もてなしが大好きだった婆ちゃん。

クエクエ婆ちゃんの葬式の時、廊下の片隅に、もてなし用の、いつもの
定番のオレンジジュースとサイダーのケースが置いてあって
すごくせつなかった。

なぜ、今日、
クエクエ婆ちゃんのことを思い出したんだろうな。

そうか、今日久しぶりに
オレンジジュールとサイダーを割って飲んだからだ。
あの頃も、クエクエ婆ちゃん家で、よくこうして飲んだもの。