雑談

飛ばし屋常務

飛ばす飛ばすとは、聞いていたが、まさか本当に飛ばすとは思わなった。

僕が学生時代にバイトしていた小洒落たバーの常連であるT常務は、明治大学空手部出身で「高倉健と同期」というのが口癖である。

いつも、お店には颯爽と紳士的に登場する。
「いつもごくろうさん」とニコニコ声をかけてくれる。

僕が大学で教職課程を専攻しているというと「○○大学の○○教授と僕は知り合いだから、系列付属中学の教員枠だったら、紹介してやれなくもないがね」

と言う。

紳士的ではあるが、怪しさ満載である。

ただ、目下の僕らにもコトバ使いが丁寧で、いつも仕立ての良いスーツ姿で颯爽と登場するT常務に、僕は好感を持っていた。

(そのバーの経営者である)ママも、古株バイトの先輩も、みんな「常務、常務」と呼んでいるが何の会社の常務かは不明である。

T常務は、糖尿、痛風、高血圧と持病のデパートと呼ばれており、ママも、「常務は、生ビール3杯まで、それ以上出したら死んじゃうからね」

と僕をはじめ、従業員に厳しく通達していた。

ただ、すぐに分かったのだが(持病のデパートは確かだろうが)T常務は、酒乱であった。
だから、お酒に制限をかけられていたのである。

いつも、店に来るときは紳士。しかし1時間も経つと酒がまわり

「てやんでい!」「べらんめい!」が語尾につくようになる。

そして、最終的に、なぜか「シェイ!」とおそ松君のイヤミになる。

「であるからして、シェィ!へ?シェイシェイシェーイ!あれ?」

と、シェイ!と連発する自分を急に客観視して「あれ?」とか疑問形をはさむ。
けど、最終的に「シェイ!」人格が、客観視している冷静になろうとする自分を打ち殺すようで「シェイ!シェイ!シェイ!」

大騒ぎである。

そんな折、ついに、その日が来た。

「生ビール、おかわりぃ〜シェィ!」

と、上機嫌のT常務。

僕が、絶妙な泡加減の生ビールを出すと

「ありがとーシェー!」

と狂気乱舞のT常務。

その瞬間であったよ。

入れ歯が、ポンッ!

さて、今週もやってまいりました、クイズ 入れ歯が、ポンッ!のコーナー!

なんて番組はない。

T常務の口から放物線を描く、どころじゃなく最短最速の直線で、入れ歯が生ビールジョッキにポンッ。

入れ歯は、シュワシュワっと炭酸にまみれる。

僕ら、従業員は蒼白になる。

すると、ママが、しめたっとばかりに満面の笑顔で

「ちょっと、常務〜。うちの生ビールはポリデントじゃないのよ!」

瞬時にして、矜持をズタズタにされたT常務はやおら、立ち上がり腹から声を出す。

「シェー!」

T常務の目はピンポンのようで焦点が合わずそれでいて、美しきイヤミのシェーポーズ。

もう、笑ってもいいですか?常務。

そう、想ったとき、T常務は、なんと秒速で、入れ歯をわしずかむと、0コンマ何秒で、入れ歯を装着すると僕をまじまじと見てこう、言った。

「君は、たしか教職課程を専攻しているんだったね?」

なんすか、それ。

まさに、シェー!な夜であった。