雑談

兄と彼女と同居する元お笑い志望

 

Th DSC 1416

Room No.013:兄と彼女と同居する元お笑い志望(30代 男性 同居世帯)

H26 3 02color

今回の訪問先は、田園都市線池尻大橋駅そばの30代男性宅。なんと兄と彼女とマンションの1室に同居という変則同棲。大学時代はお笑い芸人になりたかった、というがぱっと見はどちらかというと地味な印象を受ける。すぐに見切りをつけ様々な職業を経験するが、いずれも違和感を感じて転身する。キーワードは「違うな」。最近になってようやくイラストレーターが天職ではないかと感じだしてきた。それがうまくいくまでは節約生活。部屋にはいろいろな手作り品が並んでいた。

 

映画に興味を持ちつつお笑い目指した学生時代

静岡県の出身。高校の頃から映画が好きで、東京の大学に来たのも、東京なら映画がたくさん見られるだろう、と思ったからだ。入った学部は法学部だったが、映画サークルに入った。

特に活動が活発なサークルではなく、一人で映画を見に行ったりしていた。機材はあるので映画を作ろうと思えば作れたがそれは少数派で、多くのメンバーは映画制作の際の手伝いなどをするだけだった。自身は1つだけ映画を作ったことがある。

Th DSC 1463
冒頭の写真からくるっと回れ右した室内。左のキャラクター人形たちは、彼女のコレクション。ここにも本があったが片づけて彼女のスペースを作った。キャビネットの上は布団。夜はこれを手前に敷いて寝る。

そのサークルを通じて知ったアルバイトで、学生時代は映画の前売り券を配給会社から受託していろいろなところに売る仕事をしていた。卒業後も就職はせず、そのアルバイトを続けて生活した。正社員になる道もあったが、あえてならなかった。他の会社の就職活動も一社だけ行ってみたが、「違うな」と感じて、就活は続けなかった。全然向いてないなと思った。

というのもそのころはコンビでお笑い芸人を目指していたからだ。4年の時にはお笑いの学校にも通った。映画の前売り券の仕事は生活のためと考えていた。しかし卒業して2年ぐらいはそんな感じで暮らしたが、あんまりモチベーションも上がらず、オーディションも受けたりしたが、またどうも「違うな」と感じた。

Th DSC 1475
花と埴輪。駒場にある東大近くの雑貨屋の前を通ったときに花の右側にある埴輪を見つけて購入。その後にその雑貨屋主催の体験制作に参加して家形埴輪を作った。ただし家形埴輪はまだ焼いてなく、そのまま放置している。

そこでお笑いはあきらめ、編集プロダクションに入る。雑誌の制作進行などをしていた。しかし10か月で辞めた。またまた「違うな」と感じて辞めた。

もともとはプランナーと言われて入ったのだが、ちっとも自由に企画など出せず、自身もよく知らなかったものの、思っていたのとはさっぱり違うことがわかったからだ。

「稼がないと」とニュース翻訳の契約社員に

半年ぐらいは何もせず、時々ライターの仕事をもらったりして暮らした。ホテルの紹介記事とか、インタビュー記事とかを書いたりしていた。それまで一人暮らしを続けて来たが、どうもこのままでは生活が成り立たないと気づいて、翻訳の会社に入る。正社員になるのはちょっと「違うな」と思ったので、バイト募集情報を見て探した。

仕事は海外のニュース記事や映像を見て、メディア向けに日本語に翻訳する仕事。もともと外国語大学に入りたかったこともあり、英語に関わる仕事を探して見つけた。帰国子女のように堪能なわけではないが、ニュース原稿にするので日本語がきちんと書けないとだめ。試験があって厳しかったが、ライターをしていた経験が生きた。

ここも正社員になれるとは聞いたが、父親が病気になったこともあり、それは断った。四六時中拘束されるより、時間が作れる仕事の方がいいと思ったからだ。

Th DSC 1481
ダイニングから二人の部屋とトイレを見る。トイレの左に風呂がある。兄の部屋は手前奥にある。
Th DSC 1502
浴室の浴槽。なんと固定されておらず動く。マンションはかなり古いが、管理組合などの運営がうまくいっていないらしく、給湯管は壁の外を這っている。風呂の湯は給湯の蛇口から注ぐ。面倒なのでシャワーで済ます事が多い。

そしてそこの仕事はかれこれ6、7年になる。しかし考えた通り、働き方が自由なので比較的満足している。深夜も働く牛丼店のようで夜勤が辛いが、いまのところ続けている。仕事日数は、イラストレーターの方を主にしたいので徐々に減らしてはいる。

「イラストは子供の頃から趣味で描いていたんです。でもそれが仕事になるとは思っていなかった。なぜか、イラストレーターという仕事があることに気がついていなかったんです。それが、翻訳の会社に入った後に、カメラマンについて写真の仕事を少ししました。そこで『ああカメラも仕事になるんだ』と感じて、『じゃあイラストも』って思うようになったんです。そこで一時期、名刺に『ライター、カメラマン、イラストレーター』と書いていましたが、どれか1つに絞らないと、どれも伸びないなと感じて、ライターとカメラは辞めました」

一番個性があったイラストレーターに照準

しかし、曲がりなりにも3つの仕事をこなせるとは相当多芸である。ライターとカメラマンを除外したのは、ライターはそこそこ書けるが自分の技術はあまりうまくないと客観的に見ていたから。自分の文章はあまりおもしろくないし個性もない。カメラもそんなに技術がないしいい写真が撮れるわけでもない。

しかし自分のイラストは個性があると思った。他の人とタッチが違う。これならやっていけそうだ。それに絵を描いているときが一番楽しかった。

でもカメラをやっていたからイラストレーターになろうと思った、という面もある。

Th DSC 1521
きれいにしている台所
Th DSC 1543
扉を開けるとこんな感じ
Th DSC 1527

「いろんな写真見て、こう撮ろうとか考えているんですが、そのイメージをラフスケッチで描いたりするんです。それを自分で見ていると、なんか描いたラフの方がおもしろいな、って感じちゃって」

持ち込みを受け付けているデザイン事務所に作品を持ち込んだり、ワークショップでデザイナーと知り合ったり。最初の仕事は、制作会社時代の知り合いからもらった。

そうやってイラストレーターでやっていけそうかな、と思い出したのは去年ぐらいから。まだまだ収入は翻訳の仕事が主だが、ずっと翻訳の仕事を辞めてフリーでやっていきたかったので、なんとかイラストの仕事を増やしていきたい。仕事時間ではイラスト2に翻訳1ぐらいになっている。

「フリーの仕事を主にしていかないと、いつまでも翻訳の仕事に収入を頼ってしまうので」

兄弟同居に彼女も加わる

さて、どうして変則3人同居なのだろうか。

以前は調布で一人暮らしだったのだが、海外留学していた兄が帰国して東京で働くことになった。当時は二間あったので兄と同居を始めた。以前にも友人を居候させていたこともあり、なんとかなると思っていた。

しかし住み始めるとちょっと狭かったので、4年ほど前に今の家に引っ越した。お互い、勤務先に自転車で通えるぐらいの場所にも住みたかった。今は二人とも自転車通勤だ。

では彼女はどうしたのか?

Th DSC 1545
Th DSC 1549

「彼女とは2年ほど付き合ってるんですが、結婚を前提に同棲しよう、ということになり、でも家を探すと、二人で払える家賃の家だと都心から遠くなってしまうんです。ひとまず兄と同居してみて、ダメだったら引っ越そうかと話して住み始めました。イラストの仕事が軌道に乗ったら、通勤時間も考えなくていいので、まあそれまでと思って。兄の方も出てかれると家賃負担が大きくなるし、彼女が来ることで家賃分担を少し減らしました。彼はそれでいいようです。今3か月ぐらいですが、彼女の方にはまあそれなりに不満はあるようですがいまのところもってます。この部屋は見晴らしが良くてベランダが広いので気に入ってますし」

食費、水道代などは頭割り。食事は彼女が作るが、一緒に食べることはあまりない。しかし彼女が作ってくれるおかげで外食はとても減った。たまに兄が作ることもある。その結果食費がとても浮いてきた。部屋は和室を兄が使い、洋室を自分と彼女が使っている。ダイニングと風呂は共用だ。彼女と兄が家に二人、なんてこともたまにはあるが、そういうときはお互いの部屋にこもって顔を合わさないようにしている。

同居で朝型生活に近づく

彼女と住み始めてよかったのが生活のリズム。以前は翻訳の仕事のシフトに会わせて不規則に寝たり起きたりしていたが、今はほぼ毎日8時には起きて、彼女と一緒に朝ご飯を食べる。彼女はお昼ぐらいには仕事に出る。彼女はもともと早寝なたちで、10時ぐらいに寝てしまうこともある。翌朝のろのろしていると彼女が不機嫌になるので、否応なく朝方になってきたが、まあいいことだと思っている。

自分の仕事時間は特に決めていない。午後からエンジンをかけて夕方ぐらいだが、たて込むと徹夜などをすることも。打ち合わせとかで外に出でることはほとんどない。今はメールで用が足りる。外に出るのは翻訳の仕事の日で、今は週に2、3日だ。

Th DSC 1434
イラストレーターとしての仕事場。机は兄が作った。椅子は彼女の持ち物。

イラストレーターをメインの仕事にしたいので、今はいい椅子が欲しい。今座ってるのは彼女が持ってきたものだ。ずっとそこで仕事をすることになるわけで、ちゃんと背もたれがある椅子が欲しい。それ以前は兄がどこかでもらったソファを使っていた。しかし実はインテリアはあまり買わない。箱とかはMUJIで買ったりするが、今の家は本棚などが作り付けなので、収納類はあまり買う必要がなかった。簡単なタンスや棚、机などは器用な兄が木で自作しているという。材料はホームセンターで買ってきた。

Th DSC 1448
下は兄自作のタンス。なかなかのものだ
Th DSC 1442
タンスの中はこんな感じ

本は大量だがテレビは見ず、散歩を趣味にしたい

テレビはほとんど見ない。自分の14インチのテレビがあったが、アンテナの関係で今は兄の部屋に置いてあり、見る機会が減った。たまに相撲を見るくらい。彼女もテレビはあまり見ない。「なくてもいい」そうだ。兄もあまり見ない。サッカーのワールドカップの時、少し見たぐらい。オリンピックなども関心がない。

仕事がイラストレーターも翻訳も座りっぱなしの仕事なので、休みの日は外に出て歩き回りたい。外に出て歩き回ると、セロトニンとか出てそれだけで肉体的にも精神的にも健康にいいらしい。買い物も歩いて行ったりする。

特にどこに行くとか、何をするという目的があるわけではない。歩く歩数が問題だと思っている。

相変わらず映画は好きだが今はだいぶ機会が減った。最近はDVDで見る方が多い。

一方でやたら本の多い部屋だ。本棚が多いということもあるが、収納の中も本がぎっしり積んである。様々な本が並んでおり、見ただけではどんな職業の人なのかさっぱりわからない。ビジネス系あり、アート系あり、文学あり。

「本を読むのは好きです。仕事とはあんまり関係ないです。本のカバーはイラストレーター的に関心がありますけど。文学の古典とかは捨てられないです。谷崎潤一郎とかは感銘を受けました。自分はイラストのうまさとかよりも、文章と合わせたときのアイデアなどが求められているので、そうしたアイデアが出るような読書をしていきたいです」

Th DSC 1421
Th DSC 1422
Th DSC 1430
歴史や哲学などから自己啓発系、科学など、種々雑多な本が並ぶ

ライターもカメラマンもイラストレーターも体系的に教育を受けてきたわけではないが、仕事にしてきた。翻訳もそうだ。正統派でないだけに、ひねり技が出せるような心がけが必要だというわけだ。

さて、試行錯誤で行き着いたイラストレーターという仕事、満足しているのか?

「いやあ50%ぐらいですかね。やはり今は来た球を打つ、っていう感じなので、じゃあ自分で投げなくていいのか、っていう思いがあります。自分で企画してできる仕事、たとえば絵本を書くとか、そういう方向に持って行ければいいんですけど」

編集後記

お笑いを目指してたと聞いたときに、正直「え?」と思った。あんまり人を笑わせるような雰囲気に見えなかったのだ。あきらめて正解だと思った。しかし話していくと結構いろいろと考えていて、なかなか奥が深い人なのかなとも感じてきた。そうした中で頻繁に出て来た言葉が「違うな」だった。

あんまり「違う」根拠は話さなかったので感覚的なものだと思うが、いともあっさりと「違うな」との言葉で、自身の進む方向の舵を大きく切っている。古い人は「なんだあっさりあきらめて!」と鼻を鳴らす方もいるだろう。確かに本人もあんまり打ち込む感じには見えない。

しかしその結果、今イラストレーターという仕事を天職にしつつもあるようだ。

結構違和感に素直に人生の選択をしていくのもいいのかもしれない。また相当倹約しているとも思う。この取材をしていて、ものをあんまり買わず、もらったりしてしのいでいる人は多い。バブルの頃とは違うなあ、というのを生活シーンで実感していたが、この人の部屋は見事に買った家具がない。唯一の家具は彼女のコレクションケースでベッドすらない。「最近の若い奴は定職につかずに夢ばかり追いかけて」なんて思っている方に、このつましい生活を是非見ていただきたい。