雑談

隣はナニをする人ぞ

Loft building

今住んでいる部屋へ越してきて1年半が経つ。いわゆるロフト・アパートメントというやつで、20世紀初頭に建てられた倉庫や工場だった産業用ビルを、21世紀の近年に改装しアパート化した建物の一室だ。多分アメリカ映画のなかで、こんな部屋を見たことがあるかもしれない。外からみると、赤レンガの古くて地味な建物だが、中に入ると、木の梁や配管がむき出しの高い天井、レンガ壁、天井まで届くデカい金属枠の窓なんかが特徴で、妙な趣と開放感をかもし出している。

この部屋を借りるに至った決め手は、南向きの大きな窓があることと、ダウンタウンに近くて交通の便がよいエリアの割りに家賃がそんなに高くないことだ。アメリカ中西部の冬が長い地域に住んでる身としては、冬でも太陽が燦々に降りそそぎ室内がポカポカ暖かいのは素晴らしい。

そんな感じで、住めば都となるべく新居での生活が始まって1ヶ月も経ったころ、事件は発生した。

その夜、台所でひとりネットサーフィンをしてたところ、「ゴホッ!」実にでかい女性の咳が聞こえた。この部屋には私ひとりなのに、突然あまりに近くで聞こえた咳のリアルさに、初めは気のせいかと思った。そしたらまた3分くらい経って「ゴホッ!」近い。近いのだ。ちょうどガスコンロの上あたりから聞こえてくる感じだ。

思わず天井に穴でも開いてるのかと心配になり、ガスコンロや冷蔵庫の上によじ登って、天井の梁やら隣との壁の間やらを調べてみたが、穴など開いてない。地面に降りてきて訝っていると、今度は「あん!・・・あん!あん!」

なんか、これまた同じく近いとこから、女性のあえぎ声的なものが聞こえてくるではないか!

こんなときヒトが咄嗟にどういう行動にでるのか、非常に興味深い。従来、酸いも甘いもかみ分けたはずの30代オトナともあれば、どっしり構え気にせずネットサーフィンを継続するか、むしろ思わぬ展開に『家政婦は見た!』の秋子さんよろしく「あらま!あらやだ!」とか呟きながら、終盤まで楽しく物陰から拝聴するとこだろう。ところが私は、あまりにも予想外な状況にカッと血が昇り、アタフタとまだ薄ら寒い5月の夜空に飛び出し、近くの公園を30分くらいウロつき、時間潰して戻ってきたという、なんとも子供じみたものだった。。。

どうやらこの手のレンガ壁の古い建物は、遮音に弱いようだ。というか、引っ越してからこの事件発生までの1ヶ月近く隣室の物音は気にならなかったので、もしかしたら特定の周波数の音に対する遮音効果が脆弱、ということなのかも知れない。

その後も時々「あん!あん!」が始まるたび、夜空へ飛び出し公園徘徊という、なんとも引け腰な対処法が数週間ほど続いたころに参加した女友達同士の集まりで、このことを話してみた。するとどうだろう、どの道にも上を行く達人がいるもので、この隣人ラッキーナイト音対策の道にも先達者が2人もいたのだ。

そのうちの1人曰く、「うちも隣から聞こえてくるよー。でもねー、もう生活音の一部だね。その声を背景に今じゃ料理とか洗濯とか、何も気にせずやれるし。あぁ隣のカップル仲良くやってるなーって。ケンカの騒音が聞こえてくるよりいいと思うけどね」まるで足音並みの生活音として対応しておられる。

もう1人はもっとスゴい。どうやらコトの最中に「ああジョン」「おおスーザン」と名前を頻繁に呼び合うのが隣人カップルの常らしく、彼らと面識もないのにすっかり名前を覚えてしまったらしい。そんなある日、隣室から男性がちょうど出てきた出会い頭に、うっかり「こんにちはジョン」と挨拶してしまい、相手から何で名前を知ってるのかと怪訝がられたという。

そんなわけで先達者の教えをもとに、すべては生活音と受け入れてずっと暮らしてきてるわけだが、それでもひとつ気になることがある。隣の女性の咳が当初から1年半、治る気配もなく、いまだに続いてるのだ。持病?アレルギー?なんだか心配なのだ。だけど、仮に彼女と出会い頭に廊下ですれ違っても、間違ってもうっかり「医者に診てもらったらいいのでは?」などと口を滑らさぬよう、予断の許されない秋深き今日この頃である。