データサイエンス

やり過ごしを許す職場が長期的に安定?

私は日々、「人の成長」を対象に、教育の仕事しております。その中で、教育の重要な一部である「仕事のやり方」について考察しようと思いました。

進学、就職、転職などの人生の転機においては、次のステージで成長し、成果を出し、存在感を出していきたいとの意欲が高まります。モチベーションが昂っている間は、以下のことを成し遂げようとします

  • わからないことはその日のうちに調べて学ぶ
  • 指示されたこと、助言されたことは速やかに完遂する
  • 将来起こるであることを先読みし、起こりうるそれぞれの場合に対して、対応を考え、準備しておく

まるで新入社員に向けた仕事の心得のようなフレーズです。残念ながら多くの場合、このような意気込みに無理が生じ、やがて限界を迎えます。

私自身も日頃、自ら無理を生じさせており、時折仕事効率に改善の余地を痛感します。この記事は自分自身への戒めでもあります。

若手社員の悩み:上からの指示に対する優先順位

仕事というのは減ることがありません。未来には不確定性があるので、先読みによる準備をしようとすると、やるべきことは指数関数的に増大するばっかりです。だからこそ、優先順位をつけることにより、仕事を選別し、効率化を図るべきです。今でも、若手社員が「優先順位をつけて、効率化したい」などと発言すると、先輩社員から「楽をするな。昔は時間を気にせず何でもやった」などと叱られるような職場環境が世の中に存在するらしいです。この「ベテラン」社員の発言はどう思いますか?本人たちは「すべてやれ」と言いつつも、誰にでも必然的に1日24時間という制約があり、この中で優先順位をつけていたのです。関心事すべてに対応するなんて、非現実的そのものです。

仕事の優先順位付けを考える上で、若い社員が悩むことは、「会社の上層からの些末な内容の指示」をどう取り扱うか、です。ある会社の事例では、若手社員からの提案に対しては「なぜ今それをやらなくてはならないのか」が徹底的に問い詰められるのに対し、役員陣からの提案に対しては「やらない理由、やらなくてよい理由や根拠はあるのか」といった正反対のロジックが用いられます。この事例では、若手社員は「優先順位お妥当性」を掴められなくなる、だけではなく、自分たちの提案が自動的に価値のないものと扱われることへの失望感も感じてしまいます。

やり過ごしが救い主?

増え続ける仕事、特に些末な指示に対して、世の中の人々はどのように対応しているのでしょうか?

その一つが、「やり過ごし」です。

経営学者の高橋伸夫氏の著名な研究の一つに、この「やり過ごし」の効能があげられます。やり過ごしとは、上司からの指示を完成させずに放置し、そのうちに指示そのものが無かったかのようになることです。日本において長期的に安定している組織を観察すると、このやり過ごしが高い頻度で見られると言われます。そして、そのようなやり過ごしの対象となる指示の特徴は、以下の二つです。

  • 「上司の曖昧性」: 例としては、上司が背景や経緯を十分に理解していないために生じる目標に対して的外れな指示や、上司の性格に由来する単なる思い付きのような指示です。
  • 「状況の曖昧性」:例としては、複数の指示系統が存在して人によって方針が異なる指示がある、納期や目的が明確化されないなどが挙げられます。

このような曖昧性のある指示は、しばしば有能な部下によって適切に優先度がつけられ、適切に「見過ごされ」、いつの間にか指示が無かったかのようになり、上司の指示に従わなかったにもかかわらず、組織全体としては効率的に回っていくのです。

日米のジョブディスクリプションの違い

高橋氏の書籍では、職場の上司と部下の主従関係が、このような柔軟性を持っていることが日本の組織の特徴だ主張されています。よく知られるように、アメリカの組織では、上司の指示は絶対的なものであり、明確なジョブディスクリプションに基づいて評価や報酬が決まります。このようなシステムでは、やり過ごしは、組織の損失を招き、許されないものです。高橋氏は、このようなジョブディスクリプションに基づく厳密な成果主義には弊害があると主張しています。日本のようなやり過ごしによって、部下が自ら業務を効率化し、対応していける組織は、柔軟性を持ち、長期的な安定性を示すことがあります。もちろん、アメリカではこのやり方で経済大国となったことから、当然成果主義にはメリットもあります。しかし、日本は、アメリカとは文化も習慣も異なりので、アメリカ流を導入すればうまくいくほど簡単ではないでしょう。成果主義は、短期的な目標を絶対的な基準として部下を評価します。部下に失敗することは許されず、試行錯誤する余地は与えられません自分なりに優先度を決めて試行錯誤することがなければ、成長の機会もなく、やりがいも感じられません。上司の指示通りにやることで、短期目標に対しては成果が出るかもしれないが、部下のオリジナリティーから生まれるイノベーションは期待できません。これでは、部下の職務への満足度は低くなり、先への見通しが立たなくなった部下は、いずれ職場を去ることになります。

部下に試行錯誤の余地を与えて、適度な「やり過ごし」を見逃す。そして、それによって効率化できたならば、あるいは、成果が出たならば、やり過ごしも含めて、しっかりと正当に評価すべきではないでしょうか。そういった職場風土から、部下は自分で考える習慣が身につきます。長期的に安定化する職場とは、そういうものではないかと思います。

担当者:ヤン・ジャクリン(分析官・講師)

yan
データ分析官・データサイエンス講座の講師