雑談

元ヤン「クロ」の結婚前夜の話。

幼馴染の通称クロは、元ヤンである。
晴れて田舎で結婚式をあげることになり、僕も秋田に帰省していた。

で、その結婚式前夜、クロから電話が入る。
「俺のオヤジが、お前と酒呑みてえんだとよ。今から来いよ」

クロのオヤジは、長距離トラックの運転手で、長淵剛にそっくりである。
しかも、極度に無口。さらに、トラック仲間に栗太郎と呼ばれていた。

なぜ、栗太郎なのかはわからないが、たぶん下ネタであろう。

そんな強面の無口な栗太郎が、俺らと酒を呑みたいなんて。

クロは、190cm以上の長身、野球のピッチャーで特待生として高校に入った。
その高校は甲子園常連校で、クロは1年から試合に出ていた。

いわば、地元の星である。

寮生活をしながら、甲子園で投げることを夢みて。
そして僕ら出身校初のプロ野球選手を目指して、地元の夢をのせて。

しばらく手紙のやりとりをしていた僕らだが、ふと手紙の返事がこなくなり、そのうち
宛先不在で戻ってくるようになった。

クロが高校を辞めたと聞いたのは、それからしばらくしてのことである。

家の近くでばったり会った日。

「おい!おい!久しぶり」
その声の主は、頭を金髪に染めたクロであった。

寮生活をとっくに止めて、地元に戻り暴走族の仲間入り。

僕は、クロに野球をやめた理由、学校をやめた理由を聞かなかった。
聞いたところで、虚しさしかないと思ったから。

僕は、心にモヤモヤを残しながらも、それからちょくちょくクロと遊ぶようになった。

でも、あの頃のクロは、俺の知っているクロじゃなかった。

「えっ?!ライオンのメスは、トラじゃねえの?」

「バカか、お前。じゃあトラのメスはなんなんだよ!」

「あっ、そっか!難しいな動物」
ってすっとぼけていたアホだけど、野球がめっさ凄い。
そんなクロでなく、単車がどうのとか、喧嘩がどうのとか。
そういう事を言うクロは、1つも面白くないと思った。

そんな心根があったからか、些細な喧嘩をきっかけに、僕はクロとは会わなくなっていった。

あんなに、クロの両親も、ばあちゃんも喜んでたのに。

「うちのバカ息子は、勉強できねえけど、野球があったからよがったよ」って。

金髪になったとき、クロのばあちゃんが悲しそうな顔して「うちの孫は、ダメになったけど、友達でいてやってね」って。

クロのバカ野郎が。

クロが高校を辞めて、定時制高校に入ったところまでは風のうわさで聞いていた。

それから数年がたち、僕は大学進学で東京に出てきた。
その時、突然、クロから電話がかかってきたのである。
(実家に俺のアパートの電話番号を聞いたとのことであった。)

話していると、なんと偶然にも、隣駅近くの会社で、クロは住み込みで働いている、とのことだった。

その夜、クロと僕は数年ぶりの再会を果たした。
なんだか、照れくさくしているボクに、クロが言った。

「あそこのコンビニから、この駅のあそこのベンチまでの道路、俺が舗装したんだよ」

そんなコトバを聞いて、僕は、本当のクロにやっと会えた気がした。

それから、ここ東京で、僕らはつるむようになった。
また、僕が就職したころから、クロとは疎遠になっていたが。

クロの家につくと、クロの親父は一升瓶をもってきて、僕ら(僕と一緒にクロの家に連れだって来た大工のヒーちゃんby同級生)に酒を注いだ。

「このバカ息子も、やっと所帯持つことになりました。まんず、まんず、これからも1つ頼む」

そういうと、「親子ジクザグ」のころの長淵剛のような破格の笑顔をみせた。

それから、15分もしないうちに、クロの親父は(僕らをほっぽり出して)その場で寝てしまった。

僕は、その背中を見て。

あんなに息子に期待して。プロ野球選手の息子を夢みて。でも息子が野球辞めて、グレて夢も希望もなくして、それでも、それでも、息子は息子で、息子は可愛くて息子をよろしくなんて、言って。

と、なんだか泣きそうになった。

そして1つ思い出したことがある。
それは、秋田の子育てのこと。

秋田では子供のことを「宝物」と呼ぶ。
いくら怒っていても「この、宝物!」と語尾に「宝物」をつけて叱る。

だから、子供は、常に自分が愛されていると思う。
どんなに、怒られても、自分は愛されているのだと知る。

「ばかやろう、この宝物!」

僕は、それを受け継いで、子供をしかるときにも語尾に「この宝物!」をつける。

今は、怒っているけど、愛しているぞ!の意思表示だ。

そんなことを思いながら、クロの親父の背中を見ていた。

ふと我に返ると、クロの妹も酒の輪に参入してきて、みんなベロンベロンになっている。

クロの妹は、大工のヒーちゃんに

「裏筋がどうのこうの」

と下ネタを炸裂している。

クロは、クロで「俺、本当に結婚していいんだべか」と後悔を始めている。

なんだか、めちゃくちゃな夜であった。

にしても、あの夜、クロの親父、栗太郎は文字数でいうと400文字もしゃべらなかったな。

ただ、どうしようもない秋田の宝物たちに囲まれて幸せそうであった。