雑談

エスノグラフィー事例:Hästens(ヘステンス)

※この記事は、米国デザインコンサルティング会社IDEOから掲載許諾を得て、IDEOの事例からエスノグラフィのビジネス活用法を紹介する記事です。

 
今回は、店舗での顧客対応におけるエスノグラフィ活用事例を紹介したいと思います。

突然ですが、今お使いのベッドや寝具を購入したときのことを思い出してみてください。

どのような場所で購入しましたか?人によっては百貨店や家具店のショールームであったり、ホームセンターであったりとまちまちだと思いますが、その場所は、落ち着く雰囲気の場所だったでしょうか。

今回取り上げるスウェーデンの高級寝具メーカーHästens(ヘステンス)は、従来の寝具売り場の落ち着かない雰囲気を人間観察のアプローチから変革し、売上を伸ばした事例です。

ヘステンスは、150年以上の歴史を持つハンドメイドのベッドが特徴の寝具メーカーで、世界38カ国・地域に進出しています(2014年1月現在、日本には出店していません)。

販売チャネルは、直営店舗、代理店、百貨店の販売スペースの3種類。
日本の寝具売り場もそうですが、売り場の雰囲気や環境は大抵このような状況でした。

  • 照明が明るすぎる
  • ベッドは最もプライベートな空間であるはずなのに、見ず知らずの人が周りにいる
  • 実際に寝た感触がどのようなものか体験しづらい空間(靴を脱ぐことすらしない時もある)
  • 販売担当者が売り込みにくる

これで本当に、1日の休息をとりリラックスするためのベッド選びができるのか――?

ヘステンスがデザイン会社IDEOと連携して販売スペースの改革に乗り出した時、まずこうした従来の販売スペースの雰囲気に疑問を持ちました。

「自分にあったリラックスできるベッド選び」を実現するための工夫として何ができるのか。

プロジェクトチームのメンバーは、マンハッタンのソーホーにある直営店舗で一晩を過ごしてみたり、販売担当者や消費者へのインタビューを行ったりしながら、ティファニーやフェラーリ等ラグジュアリーブランドのショールームの居心地と何が違うのか、何が販売スペースに欠けているのかを観察しました。

その結果、以下の結論を導き出しました。

そもそも、ベッドを買う時に、実際の睡眠のイメージを想起させるための要素、特にヘステンスのコアバリューである「Best Sleep」を訴求するために必要なものが欠けている。
展示スペース内において、来店者がリラックスするための平穏で静かな時間と空間を提供し、実際に使った際のリアルな使い心地を体感できるものにするべきである。

この考えに基づき新たな商品展示スペースの企画が進められました。
ポイントは以下にまとめられます。

●プライバシーを守る販売空間づくり
 来店者にスリッパと枕を提供し、ベッドで横たわるなど好きなように試せるようにした。また試用に際し、カーテンを閉められるようにプライバシーカーテンを取り付け、より個人的空間に近い環境でリラックスして試せる空間にした。

●実際にベッドに寝た時の睡眠が「体験」できるサービス提供
 防音装置のある部屋で1時間ヘステンスのベッドで眠れる「睡眠体験予約サービス」を提供した。部屋ではお茶も出されるなどおもてなしされる空間となっている。希望者はWebから店舗名と日時、連絡先をフォームから送信することで予約可能。

●販売手法の変革
 販売担当者は、ベッドの価格や機能性だけについて説明するのではなく、睡眠時の体勢や横たわった時の身体の感覚についても顧客と対話をするように対応内容を変更。支払処理等は、タブレット端末のアプリを使ってベッドサイドで行えるようにした。(後述のカスタマイズ要望を反映しやすくするためと想定)

●ベッドを自分の好みにカスタマイズできるオプション
 自分の好みに応じてベッドの長さ、デザイン、色などがカスタマイズ可能。

●体験者の声をシェアするオーナーコミュニティ
 販売スペースにおいて、既存のヘステンスオーナーのベッドの睡眠体験に関する写真や手紙、ビデオを流すことによって、クチコミ効果を増大させる。

これらの取り組みはいずれも「人間中心」「顧客中心」の販売スタイルです。

見込み顧客が寝具売り場にどのような情報を求めて来店するのか、どのような体験が提供できれば要望を満たせるのか、を突き詰めた結果、従来の寝具売り場では見られなかった販売スタイルが出来上がったのです。

2012年8月からスタートしたこの変革は、大きな成果をもたらしました。

来店客は2倍の時間を店舗で過ごすようになりましたが、ストックホルム店の売上は77%向上。
それまでの2倍のペースで新規店舗を開店(月4店舗のペース)。
Elle DécorやWall Street Journalでも好意的な記事が書かれるなどの反響も良いものでした。

「睡眠」は人間の三大欲求の一つであり、日常当たり前のように睡眠を取っています。

ヘステンスにとって、販売スペースが単なる「製品としてのベッドを売る場所」だった時は、ベッドの展示が主体であり、商品としてのベッドの仕様と価格に関する情報を提供するだけの場だったはずです。

それが、人間観察と現場観察により、寝具メーカーのゴールが「顧客に対し特別な睡眠体験を提供する」というものに変わった時、販売スペースは「ヘステンスが実現する睡眠を体験してもらう場」に変わりました。

その結果、販売スペースで提供するサービスや情報は、“睡眠体験を充実させるもの”を主軸に企画が練られるという変革が起こったのです。

枕とスリッパを提供して自由にベッド体験ができる枕とスリッパを提供して自由にベッド体験ができる
販売スペース(奥にシーツやベッドカバーなどのテキスタイルがある)販売スペース(奥にシーツやベッドカバーなどのテキスタイルがある)

ヘステンス Webサイト「Experience a Hästens」から睡眠体験予約が可能。
http://www.hastens.com/en/