有用性が認められ、日々進化しているディープラーニングはヒトの脳のニューロンが形作る神経回路網をイメージして作られました。このように生物の行動、生理現象を数理的に再現しようという研究は数多くあります。今回はその中でも私が興味深いと思った”粘菌モデル”について書いていきます。
真正粘菌がもつ能力
真正粘菌はそのライフサイクルの中で胞子になったりアメーバ状になったりする不思議な生物です。その独特な様態の中に変形体というモノがあります。この変形体はネットワーク網を形成、変化させながら原形質を輸送し自身が不快な場所から逃げ、快適な場所に移動します。ちなみに、朽木や落ち葉の裏側でみることができるそうで、培養も簡単にできるようです。
変形体自身はただの多核単細胞で我々ヒトのように脳で思考することができません。しかし、スタートとゴール地点に餌場を置いた迷路にこの変形体を置いて放置するとスタートとゴールの最短経路のみに太い管を残しました。すなわち、ただの単細胞である粘菌が迷路と解いたということになります。実際に起こっていることは、原形質を届けられる最短経路の管のみが生き残り、他ルートの管は衰退してしまったというシンプルなものです。
ここから応用した実験として、東京23区周辺の地図を模して都市の地点に餌場を置いて東京から粘菌を出発させるとどうなるかというものが行われました。その結果、得られたネットワークは実際の鉄道網に近いモノでした。つまり、原形質をよく通す管を残すというシンプルな戦略で粘菌は人が長い時間をかけて作った鉄道網に近いネットワークデザインを短時間で行ったということです。すごい…
数理モデリング
この研究では、実験だけではなくこの粘菌の挙動を再現するようなシミュレーションモデルが提唱されています。このモデルは次のような粘菌の気持ちが反映されています。
- できるだけ多くの”からだ”で餌場を覆いたい
- できるだけ連結性を維持したい
これらを達成するために様々な仮定が設定されていましたが、数式自体は結構シンプルでした。私自身も Python で書いてみましたが、プログラム自体は 150 行程度の簡素なものでした。このプログラムを実行すると、確かに複雑な座標に置かれたノードに対して最短経路を結ぶようなネットワークデザインを比較的短い時間で行ってくれます。この手のネットワーク最適化問題は NP 困難であり、最適にかなり近い答えを出すこのモデルのすごさが伺えます。加えて、パラメータ調整によりコスト・輸送効率・耐故障性を考慮した解を出すこともできます。
これらの有用性から、このモデルは電力網や避難所マップ等の最適経路シミュレーションに利用されているそうです。私は他にも利用できる場面があると思っています。
この粘菌モデルはごくシンプルな戦略で意外な効果を生み出し、社会の役に立っているものです。私は、このように単細胞がとるような簡単なルールで問題解決する方がディープラーニングのようなブラックボックスなものよりも理解や解釈性などで有用であると考えています。このケースを増やすためには、数理モデルの特性とビジネスが達成したい目的の両方を正しく理解する必要があると思います。私自身新卒なのでビジネス面では理解が浅いと思いますので勉強していきたいです。モデル選択の部分は今、本を読んでいるのでいつか共有できたらと思います。
粘菌モデルの解説は日本語だったので助かりました。
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/169255/1/KJ00006165131.pdf
長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
分析官 : 安井優平