ETHNOGRAPHY

デザイナーズマンションを渡り歩く – あるグラフィックデザイナーの引越し遍歴

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Room No. 010:デザイナーズマンションを渡り歩く – あるグラフィックデザイナーの引越し遍歴(40代 女性 単身世帯)

 今回の訪問先は京王井の頭線池ノ上駅近くのデザイナーズマンション。一人暮らしには贅沢と思える広さの物件だ。室内はありきたりにいえば、おしゃれ。それもそのはず、どうも部屋を造り上げる基準が、「美しさ」が第一で考えられているからだ。美しい部屋に合わない家財は数年ごとに入れ替わり、その部屋に合う家財に落ち着くまで買い替えてゆく。部屋自体を決めるのも機能性より美しさやおもしろさで、部屋を追い求めて次々と引っ越しを重ねているという。この部屋で引っ越しは11回目。4年住んだが「たぶん来年は別の部屋に住んでいる」という。


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 遍歴の始まりは25歳頃。父親の転勤で、東京で一人暮らしをすることになり、自転車でぶらぶらしながら見つけた家に、外観だけで惚れ込んですぐに不動産屋に申し込んだ。いかにもというコンクリート打ちっ放しの外観で、住んでみると有名な建築家の設計だった。

 「収納もないし住みづらかったと思うんですけど、これを続けていったらいずれ良い部屋に辿りつけるヒントになるかもと思って。ちょっと不便だけど、建築家の作品に住むと、自分がいずれ家を建てる時の参考になるかなと」。

 以来住んでいるのはデザイナーズマンションばかり。今住んでいる家はなんと工事中の外観だけ見て決めた。現場の工事監督の人に賃貸かどうかを聞き、仲介の不動産屋を教えてもらってすぐに申し込んだ。

 犬を飼っているが、実はもともとは犬不可の物件だった。不動産屋には当初無理といわれたものの、部屋だけは見せてもらい「一か月経って空いてたら連絡下さい。犬のことも含めて検討します」と言ったら、連絡が来た。

 「大家さんが犬好きだから交渉しますよ」と不動産屋が言ってくれ、無事犬ごと引っ越せた。今ではマンション内のほかの住人も犬を飼っているそう。

 今の部屋は2階、3階のメゾネットだが、最初は1階に住んでいた。しかしやや広すぎて家賃も高め、しかも寒かった。そこで転居しようかと不動産屋に相談したら、「上の部屋が空いてるんですけど、オーナーさんも上の部屋へどうかと行ってくれていますよ」と申し出てくれ、移ってきた。つまり同じマンションで引っ越しをしてる。そこまで不動産屋に言ってもらえるというのもすごい。

 引っ越しが好きなわけではない。引っ越しの荷造りとか荷ほどきとかを考えるとうんざりするが、住む環境自体が変わるのは全然平気だという。最近は3〜4年ごとに部屋を替えている。

 「いい物件を見つけると、あそこに住みたいと思っちゃうんですよね。物件の力に負けちゃう。もう引っ越しがしたくなる」。

 引っ越すのは新築物件が多い。だからその時の最新の技術や流行がわかって面白い、という。

 「たとえばトイレとかでもその年のモデルがあるじゃないですか。私はその時の新築物件に住んで、次々新しい製品に接しているので、進化がわかるんです。水回りの変化とか、建材とか工法もそう。打ちっ放しのコンクリの壁にしても、昔と今とは少し違う。違いを不動産屋とかに聞いて、「ああそれはね」って聞くと、詳しくはわからないんですけど、へえって思います。もともと建築とか建物が好きなのでおもしろいんです」。

 子供の頃から「不動産好き」だったという。

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無垢の木のキャビネットはお客さま用の食器が入っている。上にはスピーカーとアンプ。まず見た目で惚れ込んでスピーカーを買ってからアンプを買った。レコード・CDプレーヤーはない。iPhoneから無線で飛ばして聞いている。たくさん持っていたCDは全部データにした。

 「子どものころ、折り込みちらしの不動産の間取りを見るのがすごい好きで、ここが玄関、こう開いて入ったら部屋があって、ここが私の部屋、弟の部屋とか。それ見るだけでも結構楽しかった。で、同じようにLEGOで作ったりとかして遊んでたんですよね。でも数学が弱いんで建築家にはなれませんでした」。

 子供の頃から引っ越しは多かった。学校の途中での引っ越しはそれほどではなかったものの、家はとにかくよく変わっていたという。

 「引っ越しに慣れてるんですよ、体が。1回も引っ越さない人っているじゃないですか。ずっと思い出がそばにあるみたいな。羨ましいなって思うんですけど、私には無理だなって。いいんです別に、物なんて入れ替わってゆけばと思っていて。アルバムとかも今どこにあるのやらって感じですね。過去のものまで全部持っていたら全然引っ越せないのでいらないです。大好きな絵本ぐらいがあれば十分です」。

 引っ越しの効用もあるという。

 「引っ越しすると、どこに電気のスイッチがあるとかって覚えるまで時間がかかるじゃないですか。あれが結構脳にいいらしくて。人間って慣れちゃうと頭が楽をし始めちゃう。引っ越しすると環境が変わるし、部屋が変わる、町が変わる。新しい環境になると、脳が活性化するらしいんです。引っ越しできない人は、模様替えでもいいからすると、気分が変わって刺激になる気がするんですよ。部屋の配置とかもなるべく慣れないようにと思って、テーブルを縦から横にしてみたり、飾る小物を季節に合わせて変えて気分転換するようにしています。」

 転居が多いと家具の配置とか悩みそうだが、そこは家財の方を家に合わせるのだという。

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 「今回の家はソファを置くスペースがないなあ、と思って、ソファは処分しちゃいました。引っ越すたびに家具はだんだん変わっていきます」。

 家具や家財は、見るだけでセンスを感じる美しさだ。しかもきっちり整頓されて収納されている。家財やその見栄えについてのこだわりは大きい。使い勝手というより、家財をアート的に見えるようにしている。それは「好きなものしか置かない」という基準の結果だろう。

 事実、ブランドや作家名だけで何かものを買うことはほとんどなく、自分の価値基準にあった「いいな」と思うものを買うと、たまたま同じ作家の方の作品だった、ということが度々あるそうだ。

 「昔はぱっと見て衝動買いとかして、失敗したな、って思うことがよくあったんですが、最近は自分の好みがわかったので、もう余計なものは買わないです。たとえば引っ越してカーテンがなくても、すぐ買わないで欲しいものが見つかるまで待ちます。なくても布でも掛けておけばいいやと思っているので。でも見つかったときは旅先でも買っちゃいます。今使っている椅子は、旅先の博多で買いました。でも買ったらその代わりあれを片づけようって考えてます。」

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「前はイームズの椅子とかもあったんですが、ちょっと部屋のテイストに合わなくなって、仕事相手の家に打ち合わせで行ったとき、イームズの製品があるの見て、「好きですよね? 買いません?」って売っちゃいました。でも余計なものもいっぱいあるんです。一人暮らしなのに器が6客セットあったりして。そろえたいんですよね。友達を呼んでごはん会をするとき用に買うときは6個、って感じで。あとで足りなかった、って後悔するのが嫌なんです」。

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 家電にも独特の考えがある。基本的に機械は減らしたいそうだ。実は炊飯器と掃除機を持っていない。4合もいっぺんに炊いてずっと保温する必要がない、という。ご飯は食べるごとに土鍋で炊く。その方がおいしいし、土鍋を洗うのは面倒だが、仕事で一日中家にいるので仕事の合間にキッチンに立てる。

 電子レンジも本当はなくしたい。全部蒸し器で済ませたい。ただオーブン機能があるので今は使っているが、オーブン料理も作れる鍋があるので、それを買って、電子レンジを捨てるのが今の目標だ。

 冷蔵庫は小さいものに買い換えた。大きいとあれこれものを詰め込んでしまうことに気がつき、震災以来、節電も意識して小さくした。夏、人を呼んだりすると大量のビールなどが入らないのが困るという。そんなときはバケツに氷を入れて突っ込んでおくという。それはそれで風流でいい気もする。

 しかし食洗機は使っている。節水にもなるし、熱いお湯で洗うので殺菌にもなる。今はビルトインだが、引っ越して食洗がなかったら食洗機は買いたいそう。

 家財整理も美観が一番。本は内容別ではなく、背表紙の色で分けている。内容も背表紙のビジュアルで覚えているので、「確か赤の背表紙の本」などと探す。アーティストの発想だ。服もそう。季節ごとに入れ替えはするものの色別で並べる。

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この本棚は奥の部屋に入れたかったが、背が高くて入らず、この場所に置くことになった。それで部屋が二分されてソファを処分する事になった。

 しかし遠い先の話だが、最後は小屋に住みたい、という。

 「コルビジェという建築家は最後に夫婦で、バカンスの間、小さな小屋みたいな所に住んでいて、数年前に見に行ったんですが、このコンパクトさで最後を迎えるのはいいなと思って。今は物もいっぱい持っていますけど、本だって別に読み終えたらいらないわけで。持ち物はどうしても大事な写真集とかだけにして、4畳半一間みたいな部屋に落ち着きたいなと思っていますよ。3、40年後だと思いますけど、いくらお金持ちになっても、歳取って無駄に大きな家に住んでいたら掃除もできないですし。自分の生活に合わせた家に住むのが大事だと思います。今は仕事も忙しくて、友達も仕事仲間も家に呼ぶし、だけどだんだんやっぱり小さくなっていくんだろうなと思います。だから先々は持っているものも減らしていきたいですし、大切ないいものだけにしてって思っています」。

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着物はお茶を習ってるので時々着る。祖母からもらったものが多い。ふだんは布をかけて隠している。

 仕事はグラフィックデザイナーだが、最近はアートディレクションやプロデュース的な仕事も多い。グラフィックデザイナーとしての仕事は本の装丁や雑誌など紙系の仕事が中心。そんなことからライターやカメラマンや編集者と多く知り合い、その人柄から、なんとなく中心になって企画を進めたりすることが多くなってきたようだ。お酒も好きだが一人では飲まない。

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 「よく「面倒見いいね」とかって言われます。新年会とかいうと、大勢集まるんならじゃあうちで、って言って料理作ってホームパーティにしちゃいますね。家に集まって欲しいんです」。

 仕事は基本的に家。打ち合わせや撮影や散歩の時に外に出るぐらい。家をすっきりさせるのは、仕事とも関わってくるという。

 「家が片付いていると頭の中もクリアーなんですよ。忙しくなって家がごちゃごちゃしてくると、あれやるの忘れてたとか、この仕事の順番間違えたとかあるんですね。だからいくら忙しくてもなるべく家の中をちゃんと整理しておきます。時間が無駄に感じるけれども、これをやっておかないと頭もごちゃごちゃすると思って」。

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玄関を入るとこの巨大シューズボックス(クローゼット?)がどーーん。「建築に詳しい友人に聞いたら、建物の強度とかの関係でここに置く必要があるわけじゃないそうです」。純粋に建築家のデザインの好みだそうだ。

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ガラス張りで外から丸見えのトイレとバス。ふだんの生活上は問題はないが、友達を大勢呼んだ時は、リビングの人数確認をしてからトイレに行ってもらうそうだ。「人数数えて。一人いないよね?ってことは下だよ」。でないと鉢合わせして気まずい。

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布物、織物が大好き。クッションの中味が足りないのにクッションカバーを買ってしまったり。西アジアのキリムやギャベなどが今は特にお気に入り。旅先でつい買ってしまうことも多いそう。

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収納箱などは無印良品が多い。こうして視覚的にそろえるのが好きだという。

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洗濯機は乾燥機能付き。干すことはほとんどないという。

「取材後記」

 とにかくいろいろと面白く話の尽きない人で、非常に笑いや驚きの多い取材であった。本当は仕事の関係でもいろいろお聞きしたのだが、この方の場合、やはり住まいの決め方や住まいのありようが非常に面白い。住まいというか居住空間のデザインが非常に特徴的なので、今回はほとんどその話を書いた。

 会社勤めの方がこれを読んで「いいなあ」と思ってもなかなかこうはできないと思う。彼女の場合は住まいが仕事場であり、なにより自分の頭の中を映す、あるいは表現する媒体の一つが家のありようであり、そのために時間もかけ、投資もし、自分自身の内なる声としっかりと対話をしていると思うからだ。

 パソコンのデスクトップというのは、事務系会社員の一つの「仕事場」だと思うが、そういう意味で、彼女の家はデスクトップのようなものかもしれない。日々検証し、いじり、新しいものを入れて変貌させていく。楽しい作業だろう。そしてそれが、現実の仕事にもたぶん生きていくのだ。

 ものに対する割り切りなども学ぶべき点も多い。本は読んだらもういらない、というのは極端にしても、二度と読みそうにない本を後生大事に本棚に何十年も並べている人は多いのではないか(自戒を込めて)。そしてそれは服や食器なども同じだ。炊飯器や掃除機がないというのも、みんなが持っているから当たり前、と思って揃えている家電も突き詰めて考えていくと結構不要だということを気づかせてくれる。

 自分の内なる声としっかりと対話し、その上で「自分の価値基準をしっかりと持つこと、醸成すること」の大切さをとても強く実感した取材であった。

 その価値基準の確立が、心地よい生活、結果として無駄のない生活、楽しくも充実したプライベートと仕事につながっていると感じる。

 彼女のようなライフスタイル、価値基準の持ち方は今後多くの人が目指したい、目指すであろう一つの形と思われる。

 時代の最先端を生きる一人の人のライフスタイルから3年後、5年後の世の中の一つのスタンダードの形であろう瞬間を垣間見ることができたように思う。

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