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NO.22 麻布の細道 ~戸を開けて入る細道~

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NO.22 麻布の細道 戸を開けて入る細道 長さ 970メートル     最狭幅 60センチメートル    歴史度 ★★★★       狭隘度 ★★★★      魅力度 ★★★★★

NO.22 麻布の細道
戸を開けて入る細道
長さ 970メートル
    最狭幅 60センチメートル
歴史度 ★★★★
狭隘度 ★★★★
 魅力度 ★★★★★

 今回の細道、六本木ヒルズ南東の端、六本木ヒルズゲートタワーから出発するとわかりやすい。目の前の大通りを右、南に行って二つ目の道を右に入ろう。左側のビルの間に細道入口が見えてくるはずだ。

六本木ヒルズゲートタワー近くの細道入口。右手向こうの高いフェンスが六本木高校

六本木ヒルズゲートタワー近くの細道入口。右手向こうの高いフェンスが六本木高校

 このあたり麻布十番の外れぐらいにあたる。麻布十番は江戸時代から町人地だったが、あたりを見回すとわかる通り、ヒルズの方から続く谷間の中に麻布十番はある。右に曲がった道の正面は六本木高校の敷地のある崖だし、大通り側も、上に国際文化会館がある崖だ。

 江戸時代、大名たちは平らで日当たりのよい台地の上に屋敷を構えた。町人たちの多くは、そこから外れた谷間の湿気の多い土地に住まざるを得なかった。麻布十番もそうした典型的な街の一つだ。

 そして今入ろうとする細道はその谷間の中心。つまりかつては川が流れていた場所になる。入ってみると道幅はだいたい1メートルくらいはあろうか。しかし塀や建物の壁、洗濯物や置かれたバイクや自転車に阻まれ、それ以上に狭い感じがする。

美容室らしきタオルが細道を狭くしている。

美容室らしきタオルが細道を狭くしている。

 おそらく通路としてはあまり利用されていないようだ。まあ表にきちんとした道があり、入口があるので当然だ。
 進んで行くと、ところどころ「この場所は、東京都下水道局の管理用地です。自転車、バイクの違法駐輪を固く禁じます」との掲示があちこちにある。

駐輪禁止の掲示。その後ろにズラッと駐輪してあるのがご愛敬

駐輪禁止の掲示。その後ろにズラッと駐輪してあるのがご愛敬

 誰も聞いちゃいない。

 途中のある場所など、片側が駐車場となって開けているのをいいことに、道の上にぎっしりとバイクや自転車が置かれ、中には置かれているというより明らかに捨てられている様子のものもある。

通路上の自転車「捨て場」

通路上の自転車「捨て場」

 しかし下水道局が管理しているということで、ここがかつて川だったことがはっきりする。川にふたをして暗渠とし、下水として利用しているのだ。
 バイク置き場(捨て場?)から振り返ると、ビルの谷間からちょうど六本木ヒルズが見える。目の前の光景との落差が面白い。

隙間から覗く六本木ヒルズ

隙間から覗く六本木ヒルズ

 一つ道路を越えてビルの谷間を進んで突き当たると、鳥居坂下交差点の下に出る。しかしまさに「下」という言い方がぴったりの場所だ。大通りから麻布十番側に入るとガクンと道が下がる。かつての谷間地形、川跡の落差を反映しているのだろう。

 ここで左に折れ、麻布十番のメインストリートを横切っていく。少し下って登る感じになり、左側に「暗闇坂」との案内柱がある。

麻布十番から続く「暗闇坂」

麻布十番から続く「暗闇坂」

 江戸時代の切り絵図にも見える名で、樹木が生い茂って昼なお暗い道だったからという。想像がつかない。
 案内柱の先、右側に路地があり、その角に階段がある。さらに上には家の入口のような木戸がある。

謎の木戸のある角

謎の木戸のある角

 普通こういう木戸があれば、私有地と思い通行は遠慮するだろう。

 ところがである。

 見ていると時たま木戸を開けて出てくる人がいる。近づいて見ると「犬の通りぬけおことわり」とある。ならば人間の通り抜けはいいのだろう。敢然と木戸を開く。
 すると先には石段が続くが、中には何も建物などはない。

木戸の内側。「犬の通りぬけおことわり」と張ってある

木戸の内側。「犬の通りぬけおことわり」と張ってある

 登っていくと左側は暗闇坂を望むまさに崖。道の向こうはオーストリア大使館だが、こっちの土地が高いので敷地の中が見えてしまっている。

 石段が突き当たると道は右に続き、やがて住宅が並ぶようになる。これらの住宅から麻布十番の駅などに行くには、今登ってきた木戸を通らないと、非常に遠回りになる。このあたりの人の生活道路になっているらしい。

 車道に出て右に行く。

木戸の細道の出口(入口?)

木戸の細道の出口(入口?)

 少しくだって突き当たるとまた別の坂に出る。今度は「狸坂」という名だ。ご想像の通り狸が人を化かした場所だったという。どんだけ田舎だったのか。

 狸坂をほぼ下りきると、左側、マンションとマンションの隙間にわずかに道がある。

狸坂下の細道。両側が迫っているので幅以上に狭隘感がある

狸坂下の細道。両側が迫っているので幅以上に狭隘感がある

 1メートルはないだろう。スタスタ行くと見過ごすのでご注意を。またここにはほぼ常時、中国大使館を警備する警察官が立っているので、怪しいそぶりを見せると面倒なことになります。

 隙間の道は、左側はコンクリートの高い擁壁で右はフェンスか建物の壁。突き当たりあたりは木造家屋で、右に曲がると車道に出る。このあたりも麻布十番方面に流れ込んでいた川の谷筋だ。左に進んで左右も見回すと両方とも土地がかなり高い。

きちんと舗装してある

きちんと舗装してある

 道なりに左に進んで行くと、右手にやや広い公園がある。見ると外国人の子どもも大勢遊んでいる。このまま坂を進んだ場所は、都内でも有数の超高級住宅街、元麻布の一帯なのだ。公園を右に見ながら曲がって進んで行くと、左手に階段がある。登れば目の前が有名な西町インターナショナルスクールだ。

 しかし公園の下側は、ぎっしりと小さな木造住宅がならぶ。谷底の暗い場所ということでこうも姿が違ってしまうのだ。

 来た道をさらに道なりに進むと道は右に曲がって高級住宅地の一角に至る。その右角に小さな案内板があり「がま池」とある。

がま池の案内板

がま池の案内板

 NHKのブラタモリで取り上げられて以来有名になったが、この案内板を見て背中側にかつて大きながま池という池があった。おそらく先に見た谷間の源頭の部分を堰き止めてて造った人工の池だと思うが、火事の時、水を吹き出して防いだがまの伝説で知られる。

 池は山崎家という旗本の邸内にあった。今は跡形もなくほぼマンションや住宅になっている。先ほど「がま池があった」と書いたが、実は池は小さくなってまだ残っている。かつてマンション建設などで埋め立てられそうになったが、反対運動もあり、最後のところでわずかに水面を残すこととなっているのだ。ただ周りを住宅に囲まれて近寄って見ることはできない。

 しかしここしばらくの間は池を遠巻きながら眺められる場所があった。

 がま池の案内板から進んで少し登り、最初の角を左に曲がると左手に駐車場がある。奥には鬱蒼と木や竹が茂っている。駐車場の端まで行ってみると、なんと木々の隙間に伝説のがま池が見えるではないか!

木々の隙間から伝説のがま池が見える

木々の隙間から伝説のがま池が見える

 しかし名うての高級住宅地である。駐車場になっているのは一時のことだろう。いずれマンションなどが建てば、見えなくなってしまう。それまでに是非一見を。ま、池に面した高級マンションなどを買ってしまえばいいのだが、所詮無理な話である。

■細道を実際に散歩した動画です。
※黒田さんのナレーション付き!

細道とは
 ここで紹介する細道は、私・黒田涼の独断で選んだものだが、おおまかな定義は頭にある。
まず、表通りから見えにくく、歩く楽しみと驚きのある狭い道が条件。
自動車は通行できないが、公道もしくは近隣の生活道路として機能していること。
歴史が古く、曲がりくねってアップダウンがあればなおよい。

■著者紹介
黒田 涼(くろだ・りょう)

  • 作家・江戸歩き案内人
  • 大手新聞社にて記者を16年務めるなど編集関係の仕事に携わったのち、2011年に作家として独立。現代の東京に残る江戸の痕跡を探し出すおもしろさに目覚め、江戸歩き案内人として各種ガイドツアー講師などの活動も行っている。江戸と言われる範囲をのべ2000キロ歩いて探索。江戸の街の構造、江戸城はもちろん、大名屋敷、寺社、街の変遷などに詳しい。
  • 各種講座や講演講師、NHKはじめテレビ・ラジオ、新聞、雑誌などの媒体露出多数。「江戸城天守を再建する会」参事 専門委員。

■著書
※各書籍名はAmazon.co.jpへリンクされています

■講師歴

  • 「江戸城天守を再建する会」江戸ウオーク講師 2010年〜
  • 雑誌「いきいき」江戸ウオーク講師 2010年〜
  • 淑徳大学公開講座講師 2010年〜
  • 新宿歴史博物館講演 2011年、2012年
  • 千代田区シンポジウムパネリスト 2012年
  • 三越 日本橋街大學講師 2014年〜

■ブログ
http://ameblo.jp/edojyo/
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