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NO.21 西早稲田の細道 ~鎌倉街道裏、谷斜面の細道~

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NO.21 西早稲田の細道 鎌倉街道裏、谷斜面の細道 長さ330メートル 最狭幅 80センチメートル 歴史度 ★★★ 狭隘度 ★★★ 魅力度 ★★★★

NO.21 西早稲田の細道
鎌倉街道裏、谷斜面の細道
長さ 330メートル    
          最狭幅 80センチメートル
歴史度 ★★★      
狭隘度 ★★★     
魅力度 ★★★★ 

 鎌倉街道というものをご存じだろうか。鎌倉時代に主に関東の武士らが、鎌倉で有事の際に駆けつけるために造られた道、だという。「いざ鎌倉」というやつである。その辺の真偽はよくわからないが、鎌倉時代に鎌倉に通じる幹線道路として整備された道があったことは間違いない。都内でも鎌倉街道と伝えられる道がいくつかあり、江戸時代の書物には西早稲田にも鎌倉街道があった、と書かれている。

 今回の細道は鎌倉街道ではないが、その裏を流れていた小川の谷斜面下の道だ。鎌倉街道とセットでご紹介する。西早稲田あたり、意外と古い歴史があるのだ。

 都電荒川線の面影橋駅あたりから出発しよう。

都電荒川線面影橋駅

都電荒川線面影橋駅

 この面影橋が実は神田川を渡る鎌倉街道の橋だったらしい。ここから北へ、雑司ヶ谷の鬼子母神あたりまでほぼまっすぐな道が続き、道沿いには江戸時代以前の古い歴史を持つ寺社が並ぶ。

 今回は新目白通りをはさんでその反対側から歩き始める。都電の駅は道路の真ん中に島のようにあるが、南にそびえるマンションの脇、建物の白い壁と隣の敷地のフェンスの間がきれいに道のように口を空けている。ここが今日の出発点だ。

 突き当たると、向こうの敷地が腰の高さほどに高くなっていて、堤防のような護岸になっている。

護岸のようなものに囲まれた天祖神社の敷地

護岸のようなものに囲まれた天祖神社の敷地

 道は左に続くのでそちらに向かおう。すぐに右に曲がってなぜか左におりる階段がある。

謎の階段

謎の階段

 歩いてきた通路のような場所が高くなっているのだが、不思議だ。

 高くなっていた敷地には神社が建っている。その神社をぐるっと回るように道は続き、住宅の間を抜けてやがて参道脇で車道に出る。出口のところに太い石柱が建っているのがおもしろい。向こう側にも細道が続くが、左側は高い壁、右側は駐車場だ。

 神社は天祖神社と言うが、本来は神明社という名前だった。この神社は、このあたり一帯を江戸の初期に開拓した小泉源兵衛らが作った神社だという。この小泉さん、豊臣の残党だったと言うが本当だろうか? この手の話は多い。しかし源兵衛さんが実在の人物だったことは確からしく、近くの共同墓地には墓があり、源兵衛さんを記念して江戸時代に建てられたお地蔵さんもある。そういえば学生時代、近くに源兵衛という居酒屋があり夜な夜な通っていた。それは江戸と関係ないか。

木々の生い茂る天祖神社。源兵衛さんが建てたという。

木々の生い茂る天祖神社。源兵衛さんが建てたという。

 進んで行くと左の高い壁はそのままで、右に住宅が迫ってくる。

石柱の先に続く細道

石柱の先に続く細道

道がどんどん窮屈になって迷路の隙間を進んでいるようだ。

コンクリートに挟まれた細道

コンクリートに挟まれた細道

 地形から見るに、この道は浅い谷の片側斜面下に作られた排水路、どぶの跡のようだ。自然状態では谷の真ん中を小川が流れていたようだが、谷が浅いので真ん中の平らな場所には田んぼなどが作られ、水路は谷の両側に移されたのだろう。田んぼが住宅になり、不要になった水路は暗渠になったというわけだ。

 この左の高い土地、谷の上の台地の続きには亮朝院という古いお寺があり、細道はお寺裏の崖下を通っている。亮朝院の表の道が実は鎌倉街道と言われている。

上流(?)はレトロな護岸に囲まれている

上流(?)はレトロな護岸に囲まれている

 道を進んでいくと、奥へ行くほど何か湿気が増すように感じてくる。道や両側にコケが増え、左右の壁に住宅からの排水パイプが這っている。

その壁を配水管が這い回る

その壁を配水管が這い回る

 最後は急に階段に行き着き、登ると早稲田通りの賑やかな道だ。

突如眼前をふさぐ階段

突如眼前をふさぐ階段

 階段を登った右側には最中専門店(!)「いなほ」。求肥入りのぜんざい最中がおいしかった。

細道出口を道路反対から。いやあ、「いなほ」知らなかったなあ

細道出口を道路反対から。
いやあ、「いなほ」知らなかったなあ

 ところがである。

 早稲田大学に4年間通っていたはずなのに、この店のことは今回細道歩きをするまでまったく知らなかった。居酒屋源兵衛は通っていたのに。

 鎌倉街道を歩くには、早稲田通りを大学方面に向かい、茶屋町通りという通りに入って道なりに行った最初の角を左に入るとそこが鎌倉街道だ。ちなみに右側の一帯が有名な高田の馬場があった場所。

 鎌倉街道を進んで行けば、亮朝院門前を経て、下りきって面影橋に出る。

■細道を実際に散歩した動画です。
※黒田さんのナレーション付き!

細道とは
 ここで紹介する細道は、私・黒田涼の独断で選んだものだが、おおまかな定義は頭にある。
まず、表通りから見えにくく、歩く楽しみと驚きのある狭い道が条件。
自動車は通行できないが、公道もしくは近隣の生活道路として機能していること。
歴史が古く、曲がりくねってアップダウンがあればなおよい。

■著者紹介
黒田 涼(くろだ・りょう)

  • 作家・江戸歩き案内人
  • 大手新聞社にて記者を16年務めるなど編集関係の仕事に携わったのち、2011年に作家として独立。現代の東京に残る江戸の痕跡を探し出すおもしろさに目覚め、江戸歩き案内人として各種ガイドツアー講師などの活動も行っている。江戸と言われる範囲をのべ2000キロ歩いて探索。江戸の街の構造、江戸城はもちろん、大名屋敷、寺社、街の変遷などに詳しい。
  • 各種講座や講演講師、NHKはじめテレビ・ラジオ、新聞、雑誌などの媒体露出多数。「江戸城天守を再建する会」参事 専門委員。

■著書
※各書籍名はAmazon.co.jpへリンクされています

■講師歴

  • 「江戸城天守を再建する会」江戸ウオーク講師 2010年〜
  • 雑誌「いきいき」江戸ウオーク講師 2010年〜
  • 淑徳大学公開講座講師 2010年〜
  • 新宿歴史博物館講演 2011年、2012年
  • 千代田区シンポジウムパネリスト 2012年
  • 三越 日本橋街大學講師 2014年〜

■ブログ
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