COLUMN

NO.19 祐天寺の細道 -失われた川筋をたどる緑の細道

 
column_bnr_kuroda

yutenji

NO.19 祐天寺の細道
失われた川筋をたどる緑の細道
長さ800メートル   
         最狭幅 1.2メートル      
歴史度 ★★      
狭隘度 ★★★   
魅力度 ★★★★

 江戸・東京の細道のできかたにはいろいろ理由がある。多いのは敷地の境界。お寺と大名屋敷・旗本屋敷などの境界は、土地が広いだけに通路があると生活上便利だ。また昔の長細い町屋の境にも、裏長屋や裏通りに通じる道ができた。坂道なども細道になりやすい、などとまあこれまでいろいろあった。

 その点、今回の細道は新パターンである。今回は自然の川跡にふたをした、あるいは川を下水に変えてしまった、いわゆる暗渠跡の細道である。以前紹介した森下や龍閑川は人工の堀割を埋め立てたのでちょっと性格が違う。実はこうした形の細道は中野、杉並、世田谷といった23区でも江戸の郊外の、最近住宅地になった場所には結構多い。その代表としてここを紹介しよう。

 東京メトロ、東急線の中目黒駅で降りる。駅のすぐそばに、花見の名所、目黒川が流れているが、そのほとりに中目黒アトラスタワーという高層ビルが建っている。ビルの足元で目黒川に川が合流している場所がある。

蛇崩川と目黒川の合流点、 ここから水が出てくるのは大雨の時ぐらい

蛇崩川と目黒川の合流点、
ここから水が出てくるのは大雨の時ぐらい

 川といってもすべてコンクリートで固められた水路のようなもので、見えている長さも10メートルくらいしかない。その先は地面の下だが、大きく口を開けたトンネル部分も、ご丁寧に黒いカーテンのようなものが下がっていて中をうかがい知ることができない。

 これは蛇崩(じゃくずれ)川という川のなれの果てだ。世田谷区の馬事公苑あたりに発し、東へ延々と流れて目黒川に合流する川だったが、1970年代にすべて暗渠化されてしまった。洪水対策ということで、今は川の上は緑道公園になっている。

 しかし「蛇崩」とはまたおどろおどろしい名前で、この由来には諸説ある。「昔、川べりの崖が崩れて大蛇が出て来た」とか「洪水の時に川が蛇行して暴れる様子が蛇のようだった」からとか、「川岸がもろくよく崩れるので砂崩(さくずれ)川と呼ばれていたが、それがいつしか蛇崩川になった」などである。

 ところがである。

 この「蛇崩」という言葉自体に、実は「崖崩れ、崖崩れの場所」などという意味があり、日本各地に似た地名はあるようだ。このような地名が近くにある場合、最近のような異常気象では土砂災害の可能性があると見た方がいい。ご注意を。

 さて川跡をさかのぼっていくと、線路沿いの自転車置き場となり、やがて高架をくぐって反対側に出る。するとまもなく細長い公園「蛇崩川緑道」になる。

蛇崩川緑道

蛇崩川緑道

 しばらく歩いて行くと左手に上四児童遊園という公園がある。

上四児童遊園

上四児童遊園

 上目黒四丁目の略なのだが、もっと気の利いた名前はつけられなかったものか。川端橋という橋跡が残り、

川端橋の跡

川端橋の跡

 この道が川だったことがわかる。このあたりを今日の出発点としたい。
 さらに少し進むと左に分かれる歩道があり、ようやく細道らしくなる。

蛇崩川支流緑道への入口

蛇崩川支流緑道への入口

 両側に住宅が並ぶ道だ。タイルが敷かれきれいに整備されている。まもなく車道を横切り、向こう側の車止めがされた道に入る。左側が低い崖のようにやや高くなり、進むと目の前に大きな門のようなものが見えてくる。

 これは緑道入口を示すモニュメントのようで、小さく「蛇崩川支流緑道」と書かれている。

おもしろい形の緑道入口モニュメント

おもしろい形の緑道入口モニュメント

 さきほど左に入る前の緑道が本流で、ここはそこに注ぐ支流の1つだったのだ。モニュメントをくぐって車道に出ると、左に曲がって右の道へ入り、少しの距離車道を行くが、先は階段なので車の行き来は少ない。その階段を登ると向かい側にまた先ほどと同じモニュメントがある。

こんな感じで両側に立っている。 車止めもなんのその、自転車で通る人がいるらしい

こんな感じで両側に立っている。
車止めもなんのその、自転車で通る人がいるらしい

 こちらからは両道両側の木々が大きく高くなり、緑道感が増す。

森の小道のよう

森の小道のよう

 緑道はこの次モニュメントまで、その先は普通の細道だ。入口脇の家はツタが絡まり、ワイルドな「緑道」感が漂う。

と思ったら急にワイルドになる

と思ったら急にワイルドになる

 先の道の両側にはコケが多く、やはり昔川だっただけあって湿気が多いのかな、と妙に納得する。古い石垣などが残る場所や、

古びた石垣の護岸跡。レンガも見える

古びた石垣の護岸跡。レンガも見える

 川らしく屈曲した場所もある。
 時々車道を横切るが、すべての場所にきちんと車止めがある。両側はだいたい住宅だが、ところどころある左右の道で頭を巡らすと、両側が高くなっていて小さな谷底にいるのがわかる。最後に雑草がはびこり通行困難な場所

人があまり通っていないらしい

人があまり通っていないらしい

を越えると、東横線の高架が見えてくる。

先に東横線の高架が見えてきた

先に東横線の高架が見えてきた

 高架は耐震補強工事や、近くの祐天寺駅改良工事中だが、下をくぐって向こう側に出られる。

工事中の高架下をくぐる。 先の川跡は歩けないが、様子を見ることはできる

工事中の高架下をくぐる。
先の川跡は歩けないが、様子を見ることはできる

 駅の東口はすぐだ。

 実は川跡はこの先も少し残っているのだが、柵がしてあって歩くことはできない。源流は五本木小学校あたりにあったらしい。今回は1つの川の支流をほぼ全域にわたって短時間で歩けるという好例だった。お近くにもこうした場所があるかもしれない。暗渠散歩サイトなどもあるので探してみてはいかがだろうか。
 
■細道を実際に散歩した動画です。
※黒田さんのナレーション付き!

細道とは
 ここで紹介する細道は、私・黒田涼の独断で選んだものだが、おおまかな定義は頭にある。
まず、表通りから見えにくく、歩く楽しみと驚きのある狭い道が条件。
自動車は通行できないが、公道もしくは近隣の生活道路として機能していること。
歴史が古く、曲がりくねってアップダウンがあればなおよい。

■著者紹介
黒田 涼(くろだ・りょう)

  • 作家・江戸歩き案内人
  • 大手新聞社にて記者を16年務めるなど編集関係の仕事に携わったのち、2011年に作家として独立。現代の東京に残る江戸の痕跡を探し出すおもしろさに目覚め、江戸歩き案内人として各種ガイドツアー講師などの活動も行っている。江戸と言われる範囲をのべ2000キロ歩いて探索。江戸の街の構造、江戸城はもちろん、大名屋敷、寺社、街の変遷などに詳しい。
  • 各種講座や講演講師、NHKはじめテレビ・ラジオ、新聞、雑誌などの媒体露出多数。「江戸城天守を再建する会」参事 専門委員。

■著書
※各書籍名はAmazon.co.jpへリンクされています

■講師歴

  • 「江戸城天守を再建する会」江戸ウオーク講師 2010年〜
  • 雑誌「いきいき」江戸ウオーク講師 2010年〜
  • 淑徳大学公開講座講師 2010年〜
  • 新宿歴史博物館講演 2011年、2012年
  • 千代田区シンポジウムパネリスト 2012年
  • 三越 日本橋街大學講師 2014年〜

■ブログ
http://ameblo.jp/edojyo/
■フェイスブック
http://www.facebook.com/ryo.kuroda.96

 

この記事をシェアする