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No.13 本郷・菊坂の細道

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四谷・鮫が橋の細道

No.13 本郷・菊坂の細道
井戸、階段、植木。一葉ゆかりの細道
長さ 850メートル  
最狭幅 1メートル程度(計測不能)  
歴史度 ★★★★    
狭隘度 ★★★        
魅力度 ★★★★★

 街歩きが好きな人なら、一度は聞いたことがあるはずの場所だが、では実際に訪れているかというと、そうは行ったことがないのが今回の細道ではなかろうか?
 その理由は、実にわかりにくい場所にあり、なおかつ入りがたい雰囲気を持つからだろう。実際のところ、今回の細道の核心部分は私道であり、普通ならこの細道散歩でも取り上げない場所だ。しかしながらあまりに有名で各種ガイドブックにも掲載され、半分観光地化されている場所故、例外的にお知らせしていこうと思う。訪れる際は、私道であり、住民の方のご理解の上で訪れさせていただいていることを十分に念頭に置いて、節度あるふるまいを御願いしたい。また紹介したルートから、さらに超絶魅力的な細道が続いている場所もあるのだが、すべて私道のため、詳細は記さないことをお断りしておく。

 さて本郷三丁目交差点近くから菊坂という道が続いている。「きくざかどおり」と書かれた街路灯が並んでおり、その柱には周辺の本郷ゆかりの文人たちのプロフィールが書かれている。中程まで進むと右側に長い石段があり、奥に寺の門が見える。道路脇には文京区教育委員会の「菊坂」解説板が立つ。ここが今日の出発点だ。
 

菊坂の通り


菊坂の通り

 周辺は明治以降、数多くの文人が住んだことで知られる。菊坂案内板の反対側に下に降りる階段がある。下っていくと左側に「宮沢賢治旧居跡」との解説板。階段下正面のマンションあたりに、賢治の下宿があったという。下宿前の通りは菊坂下道といい、かつては川が流れていた。

今回のスタート地点、闇坂(くらやみざか)


菊坂から菊坂下通りへ降りる階段
左下に宮沢賢治旧居跡の案内板がある
旧居は正面のマンション敷地にあった

 下道を右に曲がってすぐ、左に入る路地がある。私道だが有名な道なので入らせていただく。庭木が両側から茂る中を抜けていくと、すぐに急階段が目の前に立ちふさがる。炭団(たどん)坂という。あまりに急で、下ろうとすると転げ落ちて炭団のように真っ黒になったから、などと言われるが、今はすっかり整備されてほどよく息が上がる道だ。

炭団坂への道。奥の階段が炭団坂


炭団坂への道。奥の階段が炭団坂

 登り切った右にあるマンションは坪内逍遙旧居跡。さらにその後、旧松山藩藩士子弟らの寮になり、正岡子規も住んだことがある。この場所は崖地のような上にあり、登ってきた場所を振り返ると、住宅がびっしりと軒を並べているのがわかる。

上から見た炭団坂


上から見た炭団坂

 崖沿いに進んで突き当たった道が、江戸時代からある鐙(あぶみ)坂の上。右に少し坂を下ると、今度は右側に金田一京助、春彦旧居跡がある。ものすごく高い大谷石の土台の上に建っている。この道は自動車も通る。左側は江戸時代は高崎藩松平家の屋敷で、その官名から明治以降は右京山などと呼ばれ、長く陸軍本郷連隊司令部があった。召集令状、いわゆる「赤紙」を発行した軍の役所だ。

下から見上げた鐙坂


下から見上げた鐙坂

 坂を下って右に行くと先ほどの菊坂下道に出る。さらに右に曲がると、すぐに右側にわかりにくい路地の入口がある。路地の右に「本郷四丁目31」右側に「32」の住居表示板がある。この中が樋口一葉旧居跡だ。さきにも書いたがこの先は私道なのでくれぐれもお静かに。

樋口一葉旧居跡の路地入口


樋口一葉旧居跡の路地入口

 石畳の細い路地を進むと、やがて広場のようなところに出る。右に手押しポンプの井戸。これが有名な一葉も使ったという井戸だ。当時はつるべでくみ上げたらしい。井戸の上に「乗らないでください」との注意書きがある。登る馬鹿がいるのだろう。悲しいことだ。一葉は1890年(明治23年)から93年までこのあたりに住んだ。正面両側には板壁の木造家屋を従えて急な階段がある。奥には木戸まである。この先は通り抜けできるが、私道なので遠慮したい。広場に佇んでいるとなんとも不思議な気分になる。とても21世紀の東京にいるとは思えなくなる。

一葉ゆかりの井戸


一葉ゆかりの井戸


井戸脇にある階段。奥には木戸も見える


井戸脇にある階段。奥には木戸も見える

 元の道を引き返して菊坂下道に出る。左に行ってゆるゆると下る。右手に菊坂へ戻る階段。左手には菊水湯という銭湯。道はやや茶色がかった特別な舗装で、雰囲気を醸し出している。さらに進むと左手にはいくつもの細道が次々と現れる。ジグザグと路地に入ったり戻ったりして、細道を味わおう。木造の物干し台が両側に並んでいたり、手押しポンプの井戸があったり。一様に植木鉢が所狭しと並ぶ。庭木も豊かな場所が多い。

菊坂下沿いの細道。木製の物干し台が並ぶのが昭和


菊坂下沿いの細道。木製の物干し台が並ぶのが昭和


細道のあちこちに井戸がある


細道のあちこちに井戸がある

 最後に本郷四丁目児童遊園前の階段を登って菊坂に戻ろう。道に出て右側に進むと、一葉も通ったという伊勢屋質店が現存する。

一葉ゆかりの伊勢屋質店の蔵


一葉ゆかりの伊勢屋質店の蔵

 ありきたりだが、まさにタイムスリップしたような、という表現がぴったりの細道だ。

■細道を実際に散歩した動画です。
※黒田さんのナレーション付き!

細道とは
 ここで紹介する細道は、私・黒田涼の独断で選んだものだが、おおまかな定義は頭にある。
まず、表通りから見えにくく、歩く楽しみと驚きのある狭い道が条件。
自動車は通行できないが、公道もしくは近隣の生活道路として機能していること。
歴史が古く、曲がりくねってアップダウンがあればなおよい。

■著者紹介
黒田 涼(くろだ・りょう)

  • 作家・江戸歩き案内人
  • 大手新聞社にて記者を16年務めるなど編集関係の仕事に携わったのち、2011年に作家として独立。現代の東京に残る江戸の痕跡を探し出すおもしろさに目覚め、江戸歩き案内人として各種ガイドツアー講師などの活動も行っている。江戸と言われる範囲をのべ2000キロ歩いて探索。江戸の街の構造、江戸城はもちろん、大名屋敷、寺社、街の変遷などに詳しい。
  • 各種講座や講演講師、NHKはじめテレビ・ラジオ、新聞、雑誌などの媒体露出多数。「江戸城天守を再建する会」参事 専門委員。

■著書
※各書籍名はAmazon.co.jpへリンクされています

■講師歴

  • 「江戸城天守を再建する会」江戸ウオーク講師 2010年〜
  • 雑誌「いきいき」江戸ウオーク講師 2010年〜
  • 淑徳大学公開講座講師 2010年〜
  • 新宿歴史博物館講演 2011年、2012年
  • 千代田区シンポジウムパネリスト 2012年
  • 三越 日本橋街大學講師 2014年〜

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