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No.11 港区・愛宕山の細道

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No.11 愛宕山の細道 都心のハイキングコース 長さ 860メートル 最狭幅 1.2メートル 歴史度 ★★★★★ 狭隘度 ★★             魅力度 ★★★★    

No.11 愛宕山の細道
都心のハイキングコース
長さ 860メートル
最狭幅 1.2メートル
歴史度 ★★★★★
狭隘度 ★★            
魅力度 ★★★★    

 今回はやや毛色の変わった細道である。普通の道ではなく「敷地」を通る感じだが、一般に開放されているので「通路」だろうか。しかも豊かな緑の中、都心でハイキング感覚を味わえるのだ。

 いきなり難所である。

 出発点は港区の愛宕神社参道下。ここの参道の石段は23区内最強の石段だろう。

愛宕神社出世の石段。下から見ると壁、上から見ると崖

愛宕神社出世の石段。下から見ると壁、上から見ると崖

足に自身のない人のために、少し傾斜のゆるい女坂が右にある

足に自身のない人のために、少し傾斜のゆるい女坂が右にある

 勾配40度、段数86。登るのに息が切れるのはもちろん、うっかり足を踏み外したら命の危険さえありそうで、下りはさらに危険だ。幅は広いので細道ではないが、「命の細道」とは言えそうだ。石段の真ん中にはつかまって登る鎖もあり、まるで登山だ。「出世の石段」とも呼ばれ、徳川家光が「上に咲いてる梅の花を馬で取ってこい」と無茶振りしたのに、「ははっ」と馬に乗って颯爽と取ってきた曲垣平九郎の逸話で知られる。

 登り切った上が愛宕神社のある愛宕山。
 

愛宕神社

愛宕神社


 
 京都の愛宕山にちなんでいるわけだが、江戸城にもっとも近い自然の山の上に徳川家康が造った由緒ある神社で、いろいろと話題が多い。一つだけ紹介すると、愛宕山は23区内の自然の山としては最高峰で標高25.7メートル。江戸時代は眺めの良い名所で、記念碑なども多い。

 神社に参拝したら左に進む。駐車場(裏に自動車で上れる道がある。ちょっとガッカリ)を抜けて、道を渡って行こう。狭い下り階段の入口があり地下鉄神谷町方面と書いてある。せっかく苦労して登ったのでもったいないが下っていこう。先の石段は江戸時代のものだが、こちらは金属製の現代版。狭くて手すりもあるが雨の日などはやはり滑り落ちそうで怖い。
 

愛宕神社裏を下る新しい階段道

愛宕神社裏を下る新しい階段道


 
 目の前に木々が立ち、その向こうにマンションなどが並ぶ中、かなり急なつづら折れを降りていく。下に着くと車道脇に出るが、なんと左には大きなトンネルが口を開けているではないか。この愛宕トンネルは23区内唯一の自然地形を通る「山岳トンネル」である。
 
愛宕トンネル

愛宕トンネル


 
 つくられたのは1930年で80年以上前。歩道がきちんとあるので中へ入っていこう。長さは77メートルで、車道部分は幅4メートルしかなく今は一方通行路だ。しかし、ここにトンネルを作ってどんな効果が期待されたのだろうか。現代からするとよくわからない。

 愛宕山自体も不思議だ。地図で見るとここだけ槍の先のように台地が取り残されてる。古代には東側はすぐ海で、西側が谷で削られてこのような形になったのだろう。

 さてトンネルを抜けると向こうに広い愛宕通りが見える。ここから先、また愛宕山の上に戻りたいのだが、また石段を登るのは気が重い。

 ところがである。

 歩道の反対側に天の助けか光り輝くエレベーターが見えるではないか(まあ知ってるんですけどね)。

愛宕山エレベーター

愛宕山エレベーター

 さっそく近くの横断歩道を渡って向かってみよう。

 運転時間は7時から20時。登ってみると、エレベーター出口から先に橋のような通路が続き、広い駐車場のような場所に出る。左の白い建物はNHK放送博物館で、NHK発祥の地でもある。最初のラジオ放送は1925年にここで始まった。

 さきほど降りた急階段は右前方にある。またぐるっと戻ってきたわけだ。さて右手に進んで行くと、ウッドデッキのような通路が見える。今度はここを歩いてみよう。少しずつ階段を下っていくと、愛宕山の東側急斜面上を渡って行く空中回廊のようになる。

木の道

木の道

 木々が生い茂って気持ちいい。さきほど登ってきたエレベーターも左手に見える。

 しかしなぜこのような珍しい通路があるのだろうか? それはこの一帯が2001年に再開発された土地だからだ。その際、敷地内を行き来できる通路として作られたのだ。愛宕神社は再開発に関わっていないが、このエレベーターができたことで、あの急階段を登らずに参拝できることになった。NHK放送博物館も同様である。

 さてウッドデッキの道は少しずつアップダウンをしながら、再開発でできた高層マンションの脇を抜ける。下には古くからの墓地。やがて正面にお寺風の建物が現れ、左へ折れる。すると突然大きな碑が右に現れる。「故市来 吉住両君の記念碑」と上部にあり、碑面にはインドネシア大統領「スカルノ」の文字も見える。これはなんだろう?

 市来龍夫と吉住留五郎の二人は第二次世界大戦が始まる前からインドネシアに渡り、終戦後は独立運動に身を投じて、復帰した旧宗主国のオランダ軍と戦った人物で、市来は戦死し、吉住は病死した。インドネシアが独立を果たしたのち、1958年に来日したスカルノ大統領がこの二人の功績に感謝し、建てたのがこの碑だ。

 

インドネシア独立の功労者「故市来 吉住両君の記念碑」

インドネシア独立の功労者「故市来 吉住両君の記念碑」

 碑面にはスカルノの書いた感謝文も彫ってある。先に見えた寺は、この碑が置かれた青松寺だ。

 超高級精進料理店の入口を過ぎて階段を下ると境内に出る。右にかわいらしい誕生仏の銅像があるが、どこかで見たことのある顔つきだ。そうだ、奈良のせんとくんだ! この像はせんと君をデザインした彫刻家籔内佐斗司氏の作品なのだ。

籔内佐斗司氏の誕生仏の像

籔内佐斗司氏の誕生仏の像

 この寺は再開発に合わせてほぼ新築されたが、その中に籔内氏の作った仏像が多数ある。

 山門と本堂の間を通り抜けていく。やや左に登って鐘楼の後ろに回り右へ向かうと、大きな観音様が見えてくる。左手は再開発でできた高層オフィスビル。このビルの場所は関東大震災まで青松寺の墓地だった。さて観音様の立つスペースに階段で登り、左奥に進んで行こう。すると竹林の中にやや怖い顔をしたお坊さんのような座像がひっそりと佇んでいる。

 これは勘助地蔵というのだが、今から300年ほど前、ある大名家に行列の際に使う大変長い槍があった。この槍は行列中は決して倒してはいけないので、代々の槍持ちは非常に苦労していた。槍持ちになった勘助はある日、こんな苦労は自分の代で終わりにしようと槍を短く切り、切腹して果てた。墓は青松寺に作られたが勘助の徳をしのんでお参りする人が絶えず、また勘助が痔で悩んでいたということから、いつのころからか勘助の像が造られ、お参りすると下の病に効くということになった。

槍持ち勘助の像

槍持ち勘助の像

 今はなぜかかなり隅っこに追いやられている観がある。

 観音様の下まで戻ると、オフィスビルの脇を抜ける遊歩道がある。

都心とは思えない再開発地内の散歩道

都心とは思えない再開発地内の散歩道

 脇には人工のせせらぎもあるが落ちないように注意しよう。正面に再開発以前からある社が移されて置かれている。右手に登る階段があり、ちょっと長いのでクラクラするが登ろう。

 登り切ると右に階段があり、その先に小さな和風の建物と広場がある。ここも青松寺の境内だ。広場には十二支のオブジェが点在しており、これも籔内氏の作品。

ここにも藪内作品の十二支像が

ここにも藪内作品の十二支像が

 さらに奥には展望台のような東屋がある。木と高層ビルであまり展望は利かないが。

丘の上の展望台

丘の上の展望台

 来た方向を戻って、広場から階段を下ると右手に住宅のような寺がある。清岸院といい元は青松寺の子院だった。ここは珍しいことにエスカレーターで登ってくることができる。確かに下の道からは急階段で高齢者などには辛いだろう。しかし境内までエスカレーターのある寺院はここ以外あまり見たことはない。

エスカレーターの上に見える緑色の屋根が清岸院

エスカレーターの上に見える緑色の屋根が清岸院

 ここも再開発地域で、その際作られたらしい。デベロッパー様々である。

 下りはないので階段を降りると、神谷町と芝公園を結ぶ道に出る。

 なかなか名所見物の多い細道だったと思う。大都会東京のど真ん中にしては不思議空間満載でもあった。こんな場所も東京にはあるのである。

■細道を実際に散歩した動画です。
※黒田さんのナレーション付き!

細道とは
 ここで紹介する細道は、私・黒田涼の独断で選んだものだが、おおまかな定義は頭にある。
まず、表通りから見えにくく、歩く楽しみと驚きのある狭い道が条件。
自動車は通行できないが、公道もしくは近隣の生活道路として機能していること。
歴史が古く、曲がりくねってアップダウンがあればなおよい。

■著者紹介
黒田 涼(くろだ・りょう)

  • 作家・江戸歩き案内人
  • 大手新聞社にて記者を16年務めるなど編集関係の仕事に携わったのち、2011年に作家として独立。現代の東京に残る江戸の痕跡を探し出すおもしろさに目覚め、江戸歩き案内人として各種ガイドツアー講師などの活動も行っている。江戸と言われる範囲をのべ2000キロ歩いて探索。江戸の街の構造、江戸城はもちろん、大名屋敷、寺社、街の変遷などに詳しい。
  • 各種講座や講演講師、NHKはじめテレビ・ラジオ、新聞、雑誌などの媒体露出多数。「江戸城天守を再建する会」参事 専門委員。

■著書
※各書籍名はAmazon.co.jpへリンクされています

■講師歴

  • 「江戸城天守を再建する会」江戸ウオーク講師 2010年〜
  • 雑誌「いきいき」江戸ウオーク講師 2010年〜
  • 淑徳大学公開講座講師 2010年〜
  • 新宿歴史博物館講演 2011年、2012年
  • 千代田区シンポジウムパネリスト 2012年
  • 三越 日本橋街大學講師 2014年〜

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